史上初ストライキへのカウントダウン
2004年9月、球界再編騒動は最大の山場を迎えた。
攻勢を強めたのは選手会だ。オリックスと近鉄の合併差し止めを求める仮処分を東京地裁に申請。9月3日に「却下」の判断が示されたものの、引き換えに「選手会は労働組合であり、NPBには誠実な団体交渉の義務がある」という司法のお墨付きを得た。これを追い風に、6日の選手会臨時総会で「交渉決裂時には週末ストライキを決行する」と決議。実力行使へのカウントダウンが始まった。
9日、ようやく開かれた労使交渉の席で経営側の実務トップを務めたのが、瀬戸山隆三である。当時はロッテの球団代表に加え、NPBの選手関係委員長を兼任する立場にあった。
選手会側の要求は、主に「オリックス・近鉄の合併1年間凍結」と「新規参入促進」の2点だった。当初はわずかながらも合併阻止の可能性を信じて交渉に臨んだが、やがて「新規参入による2リーグ制の維持」が実質的な目標へと変わっていくことになる。
翌10日まで続いた協議には、直接の対話が始まったことに伴う歩み寄りの気配があった。経営側は交流戦の導入や、新規参入枠の検討といった妥協案を提示。そこに一定の成果を認めた選手会はひとまず週末のスト回避を決断した。
両陣営が並んで臨んだ共同会見。記者からの質問が締め切られ、息詰まる2日間の攻防は一時休戦を迎えた。場の空気がわずかに緩んだ直後――それは起きた。
「古田さんの握手拒否は当然のこと」
瀬戸山が差し出した右手を、選手会長の古田敦也が無視した。手を伸ばしたままの瀬戸山と、背を向ける古田。会見場に無数のシャッター音が鳴り響いた。
瀬戸山は言う。
「要するに、協議を継続しましょうというのがあの日の結論。私は『引き続きよろしくね』と、それだけの気持ちで手を差し出しました。けれども古田さんにしてみれば『まだ何も決着していない』という思いだったでしょうから、握手なんてできないと考えたのも当然だったと思います」
「引き続きよろしく」と手を差し出す振る舞いは、通常のビジネス交渉であったなら、ごく当たり前の所作だった。だがあまりに「普通」だったからこそ、職場や歴史を失うかもしれない選手会側が抱く切迫感との落差が際立った。
この期に及んで平熱を保つ経営側と、張り詰めた表情を崩さない選手会長。翌日の新聞写真が示した対比に、世間は経営側の「不誠実さ」を見た。実務者として実直に職務を遂行する姿勢が、かえって瀬戸山に非難を集中させる結果となった。


