「ストライキをしてくれてホッとした」

「あのときの気持ちですか……。今振り返ってみると、正直、ホッとしていましたね。もちろん当時『ストライキをやってくれ』と願っていたわけではないですが、心のどこかで、もうこれほどの事態になった以上は一度ストライキを経なければ、問題は着地しないという思いも募っていました。選手会側としても、あそこまでいったら引くに引けない状況だったのでは」

どう転んでもストは避けられなかった。スト決行でしか、あの局面は打開できなかった。双方の言い分に挟まれ身動きの取れなかった瀬戸山の率直な思いだ。

その後行われた再交渉の席で、経営側はこれまでの強硬姿勢を一転させ、2005年シーズンからの新球団参入を容認する方向に舵を切った。9月23日に妥結。7項目からなる合意書が発表された。

あれほど頑なな姿勢を見せていた経営側はなぜ急転回したのか。ストが実を結んだという見方もできる。ただ同時に、当時の時系列と当事者たちの思惑からは別の背景も浮かび上がる。

ライブドアではなく楽天が参入したワケ

スト直前の9月15日、楽天が球界参入を正式に表明していた。先行して手を挙げていたライブドアに対し、保守的な体質の球界中枢は強い警戒感を示していたが、その後名乗りを上げた楽天については、より実体のある安定企業と受け止めた。

宮城球場(楽天モバイル 最強パーク宮城)
宮城球場(楽天モバイル 最強パーク宮城)(写真=Takahiruta/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

とはいえ、企業の適格性を審査する、いわば“身体検査”は不可欠だ。楽天の参入要件に問題がないという確証を得るまでは、合意書に「最大限努力」と書くわけにもいかなかったのだろう。経営側にとって、身元の確かなオーナー企業を迎え入れるための時間稼ぎはストの回避以上に優先すべきことだった――そう考えれば一連の対応の辻褄が合う。

以降、再編への流れは迅速に進む。審査の結果、楽天の新規参入が承認された。また、「密室」主導で企図されたロッテとの球団統合計画が膠着状態に陥っていたダイエーにも動きがあった。親会社が産業再生機構への支援要請を決断。そこへソフトバンクが機敏に動き、球団の買収が成立した。

1リーグ制への移行という水面下の画策から始まった激動の2004年は、こうして「2リーグ12球団体制の維持」という形で幕を閉じた。

瀬戸山の証言を軸に改めて騒動を振り返ると、彼が強大な権力の思惑に巻き込まれ、悪役を演じざるを得なかった構造が浮き彫りになる。ただ、その理不尽な役回りを拒み、逃れることも不可能ではなかったはずだ。それでも最後まで経営側の窓口という矢面に立ち続けたのは、ほかならぬ瀬戸山自身の意思であった。

なぜ踏みとどまったのか。瀬戸山は淡々とこう語った。