「部下がすぐに動いてくれない……」。高い付加価値を生み出す組織では、そんな悩みをどう払拭しているのか? 人材が成長し続ける企業風土を解明する。

売上高1兆円超え――。2025年3月期決算において、キーエンスが初めて大台を突破しました。メディアではしばしば「社員の平均年収が2000万円以上」という情報が取り上げられますが、その事業内容はセンサーや測定器、画像処理機器など、おもに製造・研究現場向けの機器を手がける企業です。長年にわたって成長を続け、営業利益率が10%を超えれば高収益とされる製造業において、同社の営業利益率は50%超を11期連続で維持。自社工場を持たないファブレス企業ながら、「世界初」「業界初」と謳われる新商品も多く、顧客の潜在ニーズを引き出す営業スタイルが業界内外で高く評価されています。

私はキーエンスに約10年在籍した後、コンサルタントとして独立しました。多くの企業の現場を見てきた経験から、キーエンスの強さの根本を言い表す言葉として、近年「性弱説」という視点にたどり着きました。同社が組織としてそう標榜しているわけではありませんが、あらゆる制度や仕組みがこの視点で設計されているのです。その独特なカルチャーがあるため、ほかの企業がキーエンスの外側だけを真似しようとしても、追いつくことができないのです。

ビジネスにおける「性善説」とは、「人は動いてくれる」という前提に立つ考え方です。仕組みをつくれば使ってくれる、指示すればちゃんとやってくれる、スケジュールを示せば守ってくれる。そうした楽観的な前提のもとで仕事を進める発想です。一方、ビジネスにおける「性悪説」は、「能力もやる気も信頼できない」として、一から十まで管理しようとする考え方になると思います。

「性弱説」はこのどちらでもありません。「人は本来弱い生き物だ」という前提に立ちながら、最終的に「できるようになる」ことを目指す考え方です。楽なほうに流されやすい、難しいことは後回しにしたくなる、忙しいと大事なことを見落とす――。そうした人間が持つ弱さを直視したうえで、成果を出すための仕組みを設計するのです。性悪説が最初から「できない」「やらない」と決めつけるのに対し、性弱説は「できないかもしれない。では、どうすればできるようになるか」を問い続けます。

この考え方は、「懐疑的な発想」とも通じます。「売れるだろう」ではなく「売れないかもしれない」、「うまくいくだろう」ではなく「うまくいかないかもしれない」という前提から考え始める習慣です。おそらくキーエンスの創業者・滝崎武光氏がそうした視点を持っていたのではないでしょうか。キーエンスの社風の根底に「それで本当にうまくいくのか?」と常に問い続ける姿勢があるのは、そのDNAが受け継がれた結果のように思います。

ただし、すべての仕事を性弱説的視点で扱う必要はありません。難度が低く、求める成果もそれほど高くない仕事であれば、「できるだろう」と性善説的に任せても大きな問題は起きません。性弱説的視点が必要になるのは、難度の高い仕事や求める成果が高い仕事です。そういった仕事では、「何もアドバイスやサポートをせずに任せたら成果が得られないかもしれない」と考えることで、適切な関わり方が見えてきます。これは、仕事を依頼する相手を信頼しているかどうかという話ではありません。難しい局面で成果を出すのに必要だから、上司は性弱説的視点に立ってアドバイスすることが求められるのです。

性善説と性弱説では、ゴールの捉え方も異なります。性善説的な視点では、「人は動いてくれるはず」という前提に立つため、仕組みをつくって実行させれば成果はついてくると考えます。つまり、ゴールは「やること(行動)」です。

しかし性弱説的に見ると、実行するだけでは不十分で、「それで本当に成果が出るのか」を問い続けます。ゴールはあくまで「成果」なのです。キーエンスが徹底して成果を追い求める組織であることが、性弱説的な発想を自然と生み出してきたのだと思います。

【図表】高い成果を出して成長を続けるキーエンス

行動できない若手を発奮させる「ゲーム感覚」

「できないかもしれない」という前提に立って仕組みを設計するからこそ、成果が出やすくなる。これが性弱説的視点によるマネジメントの本質です。この考えは部下育成においても有効です。「仕事を任せれば動いてくれるだろう」と考える性善説的視点に対して、性弱説的視点では「任せても、なかなか動けないかもしれない」という前提に立ちます。最近は、ゴールだけ示しても何をどうすればよいかわからず戸惑ってしまう若手が増えています。そこで「自分で考えなさい」と突き放すのではなく、手順を細かく示し、小さな成功体験を積ませることが成長につながります。

そのための手法のひとつに、「KPI(重要業績評価指標)」があります。営業であれば「訪問数」「商談化件数」、具体的な数値目標を示して、目標に向かう進捗状況を明確に評価するための指標です。

(構成=増田忠英 図版作成=大橋昭一)