心がしんどい時は、何をすればいいのか。ジェーン・スーさんは「さしたる理由はないのに、どんより佇むしかないことは、誰にでもあるだろう。私はライブ映像や昼寝で不足エネルギーをチャージする前に、しんどさの放電をしている」という――。

※本稿は、ジェーン・スー『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス文庫)の一部を再編集したものです

ソファに横たわっている女性
写真=iStock.com/PonyWang
※写真はイメージです

「しんどい」がしっくりくる

関西ことばの「しんどい」が全国区で使われるようになってから、ずいぶんと時間が経った。私もよく使う。力尽きて思わず立ち止まってしまいたくなるような心の状態を、「つらい」や「キツい」より実感を込めて言い表せるし、なにより相手に与える印象が重すぎないのが良い。

私にとって「つらい」や「キツい」は、「助けてほしい」の意味をちょっと含んでいる。助けが必要なら迷わずそう言うけれど、そこまで切羽詰まっているわけでもなく、いや切羽詰まっていたとしても、いまは放っておいてもらえると助かるなあと思うとき、私には「しんどい」がしっくりくる。さしたる理由はないのに重力を過分に感じてしまうこと、どんより佇むしかないことって、誰にでもあるだろう。

しんどさの放電

口に放り込んだそばからとろけていくリンドールの甘いチョコレート、ビヨンセのライブ映像、夜眠れなくなることなんかお構いなしの昼寝。転んでは立ち上がりを繰り返すなかで、不足エネルギーをチャージする処方箋をいくつか手に入れることができた。けれど、しんどさど真ん中での急速エネチャージは、私をもっとしんどくさせることも知った。充電のまえには、ワンクッションが必要なのだ。言うなれば、しんどさの放電。それを省くと、心がパンクしてしまう。

深く傷つくのとは一味違う、しんどい状態。落ち込みと立ち直りのあいだにある停留所。立ち直りステーション行きのバスが来るまでは、そこでやり過ごすしかないと、頭ではわかっている。けれど、待ちぼうけのあいだに少しでも重力を軽くすることができたらいいのに。ナマケモノのスピードで試行錯誤をしてみたところ、私の暫定的な結論は「ニヤニヤできるものを常備しておく」に着地した。