“古田の発言”を巡り不穏な空気に
9月16日から始まった次回交渉は、歩み寄りの気配から一転、会議室には不穏な空気が漂った。経営側は冒頭、前回交渉後の記者会見で古田が「近鉄存続の可能性が出てきた」と発言したことを問題視。「合併は覆らないと分かったはず。それなのに、あの発言はどういうことか」と謝罪を要求したという。
対立は「経営シミュレーション」を巡る応酬でさらに鮮明になる。前回交渉時、選手会側は交流戦が実現した場合の収益予測(近鉄存続のケースを含む)などを求めた。ストを回避し1週間の猶予を設けたのはその回答を待つ意味合いも含まれていたが、経営側から示された内容は、選手会が求めたレベルとはかけ離れていた。
たった1枚の紙に、近鉄・オリックスが合併した場合としない場合の赤字額の比較など、「合併すれば赤字が減る」という従来の主張を追認するデータだけが並んでいた。
経営側は、合併は覆りようがない決定事項だと改めて伝えるとともに、「2005年からの新規参入」についても、時間的制約を理由に、現実的でないと突っぱね続けた。
選手会側からは、強硬な姿勢を崩さない経営側は堅固な一枚岩に見えたかもしれない。だが実際には、その裏側で瓦解が始まっていた。12球団の代表者からなる実行委員会では、再編の流れを主導してきた「密室」グループと、蚊帳の外に置かれてきたグループとの間で、激しい内紛が起きていたのだ。当時の内情を瀬戸山が明かす。
「ええ加減にせえよ!」と怒鳴ったことも
「(球団間で)相当な温度差がありました。ある会議では、当事者球団の代表が『これはあくまで商法上の問題。皆さんには分からないかもしれないが』と突き放すような発言をしたところ、何も知らされていなかった側の代表が激高しました。『お前のところのために毎日こんなことになってるんだろ! 表に出ろ!』と……。もう掴み合い寸前でした」
選手会の前では毅然とした交渉役を装い続けていたが、その背後では身内同士がいがみ合い、協議の落としどころはまるで見通せなかった。「最もつらかったのはその時期かもしれません」と瀬戸山は振り返る。
自宅に脅迫状が届くほどの苛烈なバッシングに晒されていたが、交渉のプロである瀬戸山にとっては、自陣の足並みが乱れ、解決への道筋を見いだせないでいる状況のほうが遥かに重く、苦しかった。
さらに、周囲の当事者意識があまりに希薄だったことも、瀬戸山の孤立をいっそう深めた。
「深夜まで厳しい折衝を続けて、ようやく記者会見を終えて控室に戻ったら、誰もいない。共に戦っているはずの他の代表たちが、さっさと帰ってしまっていたんです。私は代表の中で一番年下でしたけど、さすがに翌日の会議で言わせてもらいました。『俺一人でやっとるんちゃうやろ。ええ加減にせえよ!』って」

