「東京でもう一回やり直してみたら?」

退職後、安藤さんは地元に戻った。

間もなくゴールデンウィークが始まり、実家には親戚が集まった。安藤さんは、1カ月で仕事をやめてしまったという負い目があり、親戚と顔を合わせるのが嫌でたまらなかった。だが、父親に言われて渋々顔を出す。すると、すでに父親から聞いていたらしく、退職理由について親戚たちから集中砲火に遭う。

「このとき、親戚に発達障害のことまで伝えたかどうかは覚えていないのですが、両親には学生時代に診断を受けたことは伝えました。父は、『病院に行けば何かしら診断されるのは当たり前、そんなことを気にしても意味がない。仕事は慣れ。慣れればできるようになる』というような言葉を繰り返すだけで、全く聞く耳を持たれず、『頑固で話にならない』と思ったと同時に、理解してもらえないことにがっかりました」

親戚たちからは、「このあたりじゃ仕事は少ない。これからどうするのか?」とたずねられる。まだ考えていなかった安藤さんが困っていると、東京都内から来ていた伯母(父親の姉)が言った。

「東京でもう一回やり直してみたら?」

「思ってもみない提案でした。もちろん不安はありました。でも、地元で閉塞感を感じながら生きていくよりは、何かが変わるような気がして、その提案を受けることにしました」

その場で両親を説得し、すぐに東京行きが決まる。安藤さんは、しばらく東京都内の伯母の家に居候しながら、アパートや仕事を探すことになった。

アルバイトが続かない

1カ月くらいで伯母の家を出て一人暮らしを始めると、安藤さんは近所のスーパーの品出しのアルバイトを始めた。配属先は青果部で、バックヤードで商品を仕分けしたり、売り場に出て陳列したり、ラッピングしたりすることが主な仕事内容だった。

スーパーの店員が棚の補充
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです

ところが3日目のこと。商品のラッピング作業中に、「それ、やり方が違うよ」と社員から注意を受けた。その社員は正しいやり方をやって見せてくれたが、安藤さんは同じようにはできなかった。

「頭の中では理解できるのですが、実際にやってみると同じようにできないのです。その日はなんとか取り繕ってやり過ごしましたが、帰宅してから『なぜこんな簡単なこともすぐにできないんだ』という自己嫌悪に襲われ、『次のシフトでもうまくできないのではないか』という不安が湧いてくるようになりました」

そして安藤さんは、そのままそのアルバイトを辞めてしまった。

「このままではいけない」と思いながら、次は別のスーパーのレジ打ちのアルバイトに応募し、即採用された。

しかし、初出勤日のことを考えると気が重くなり、とうとう初出勤日当日になってもアパートから出ることができなかった。

その次は清掃のアルバイトを始めた。

黙々と作業する時間が長く、安藤さんは「これなら続けられるかもしれない」と思った。ところが先輩に一人、やたらと嫌味を言ってくる人がいた。

「仕事のやり方や細かいことで注意されるたびに、だんだんと気持ちが重くなっていきました。決定的だったのは、汚れた手を洗おうとした瞬間、『手を洗うのは後にしろ』と強めに言われたことでした。僕は内心『手を洗うくらいすぐ終わるんだからいいだろ』と毒づきながら、『すいません』と謝って手を洗うのは後にしました」

結局、清掃の仕事は3カ月ほどで辞めてしまった。