止められた仕送り

それからというもの、安藤さんはアパートから出ずにライブチャットを見て過ごすようになった。父親からは電話があるたびに「ちゃんと仕事をしろ!」と怒られる。生活費は、親からの仕送りが頼りだった。

「親に申し訳ない。働かなければいけない……頭では分かっているのに、次の仕事を探す気力が湧きませんでした」

気づけばライブチャットに使った支払いで、クレジットカードの利用額が30万円近くにまで膨れ上がっていた。何とか親に頭を下げて支払ってもらったものの、呆れ果てた親からは「仕送りを止める」と言われてしまう。

「伯母からも、金使いの荒さを注意されました。情けない気持ちと申し訳なさでいっぱいでしたが、ただ一つだけ『普通に働ければそうしている』と言い返したかった。でも、両親も親戚も、僕の事情を理解してくれる人はいませんでした」

困り果てた安藤さんは、ハローワークへ行き、これまでの経緯を話した。すると、障害者支援センターを紹介された。

そして障害者支援センターの担当者に、より詳しくこれまでのことを話すと、

「障害者雇用という働き方もありますよ」

と教えてくれた。

同時に、経済的なことも相談すると、

「生活保護を受けてはどうでしょう」

と提案された。

2011年冬。安藤さんは24歳の時に生活保護受給を認められた。扶養照会があったが、魚屋を営んでいた両親は不漁続きのため、とても援助ができる状況ではなかった。

障害者雇用と一般雇用との差

同じ頃、倉庫内作業の仕事に障害者雇用で働き始めた。

初日は就労支援のサポーターが付き添ってくれたが、仕事中、安藤さんはサポーターの視線を感じ、恥ずかしくて仕方がなかった。しかし「何か作業で困ったことがあれば教えてください」との声掛けには心が軽くなった。

その一方で、他の作業員たちから「なんであの人、スーツの人と一緒にいるんだろう」と思われていそうな気がして落ち着かなかった。

倉庫で働く男性
写真=iStock.com/gentlelight
※写真はイメージです

安藤さんは、週に3、4日出勤する生活を送った。1年経ってもやはり周囲の視線が気になり、他の人とうまくコミュニケーションが取れない。「自分はおかしいのではないか?」と感じてしまうことは変わらなかった。

「障害者枠と一般枠の差を意識してしまい、頭から離れなくなっていたと思います。そして周囲に気を取られると、目の前の作業に集中できなくなるんです。勤務期間が長くなるにつれ、どう思われているかが気になり出して、自滅していきました」

結局、障害者雇用の仕事も1年3カ月ほどで辞めてしまった。