※本稿は、徳久倫康『クイズの戦後史』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。出典はウェブ用に最小限にとどめています。
クイズ番組「ヘキサゴン」が路線変更した理由
「クイズ$ミリオネア」放送中の2005年10月には、同じフジテレビで「クイズ!ヘキサゴンII」(フジテレビ系列、2005年~2011年、以下「ヘキサゴンII」)が始まります。
こちらは完全にタレントだけが出演するクイズ番組で、「II」とあるとおり、無印の「ヘキサゴン」が前身番組でした。
2002年の放送開始当初は「バッテンクイズHEXAGON」というタイトルの深夜番組で、「ヘキサゴン」(六角形)のタイトル通り、6人の参加者が六角形のシートに座り、クイズに挑むという内容でした。
参加者は時計回りで順繰りに「出題者」役を務め、誰が不正解なのか(あるいは全員が正解か)を見抜いて当てるというルールが設定されており、クイズそのものに加えて心理戦の要素が見どころでした。
たちまち人気番組となり、半年後の2003年4月には島田紳助を司会に迎え、ゴールデン枠に昇格します。
2005年に入ると視聴率が低迷し始めるのですが、そこで司会の島田紳助が番組内容の変更を要望します。それを受けて全面的に内容を刷新したのが、この「ヘキサゴンII」でした。
「おバカタレント」が大ブレイク
参加者は事前にペーパークイズを受け、それに基づいて6人×3人にチーム分けされて団体戦に臨みます。クイズの内容は早押しがメインで、中でも番組のハイライトになったのは「おバカタレント」の珍解答でした。
おバカタレントたちはたちまち人気者になり、男性陣のつるの剛士、上地雄輔、野久保直樹は「羞恥心」、女性陣の里田まい、スザンヌ、木下優樹菜は「Pabo」というユニットを結成し、他局であるNHKの「紅白歌合戦」に出演するなど一大ブームを巻き起こしました。
彼らは予選のペーパークイズから早押し問題まで一貫してとんちんかんな誤答を繰り返し、お茶の間の笑いを誘いました。
番組のルールも、多くの企画で「正解者は勝ち抜け」という方式を取っており、予選上位のインテリ芸能人が颯爽と難問を答えたのち、下位のおバカタレントが常識問題でつまずくというのがお決まりになっていました。
このシステムが画期的なのは、小中学生ていどの知識で解けるような、それこそクイズ王ブーム時代にはありえなかったような簡単な問題を堂々と出題できる点にあります。
「小さな物語」が乱立し、みなが知っているべき教養が像を結ばなくなった時代において、クイズ番組が本来の魅力、つまり「お茶の間」のコミュニケーションを創出する機能を取り戻すためには、設問を極端に簡単にし、「大きな物語」なしでも共有されうるぎりぎりの常識レベルまで、難易度を調節する必要があったのです。

