権威主義の台頭と「略奪的覇権国」の現実
『朝日』の9条絶対主義者たちも、『産経』の親米保守派も、現代における日本の戦略的有用性の本質を全く理解していない。極端な議論がいかに間違っているかを理解するためには、まず2026年現在の国際システムが直面している現実を直視しなければならない。
平和主義的左派が間違っているのは、彼らが冷戦時代のパラダイムを通して世界を見ており、現代の権威主義国家による威圧の現実を全く計算に入れていないからである。中国やロシアのような権威主義体制は、民主主義社会を分断するために、情報操作、サイバー攻撃、経済的威圧などを突き刺すように用いる「シャープパワー」の技術を完全に習得している。
権威主義的な大国が積極的にグローバルなルールを書き換え、民主主義の制度を転覆させようとしている世界において、憲法9条の精神さえあれば日本は守られるという幻想にしがみつくことは、国家の衰退を招く処方箋に他ならない。
抑止力には目に見える物理的な能力と、それを行使する明確な意思が必要であるという事実をリベラル・メディアが認めようとしないことは、日本を威圧に対して無防備な状態に置くことになる。
「盲目的な忠誠」は戦略的な自殺行為
しかし一方で、米国に盲従しようとする極右の願望も同様に危険である。近年の米国政権下において、ワシントンは同盟関係に対して極めて取引的(トランザクショナル)で「アメリカ・ファースト」なアプローチを採用する傾向を強めている。
ハーバード大学のスティーブン・M・ウォルトが鋭く指摘しているように、米国は特権的な地位を利用して同盟国から譲歩を引き出す「略奪的な覇権国」としての特徴をますます強めている。
このような環境下において、日本の保守メディアが夢見る「盲目的な忠誠」は、戦略的な自殺行為である。取引を重視するワシントンが尊重するのは、従属ではなく、レバレッジ(交渉力)、実質的な能力、そして戦略的自律性である。略奪的な覇権国に白紙小切手を渡せば、日本は自国の核心的利益とは無関係な紛争の最前線に引きずり込まれることになりかねない。

