メーカーとの「戦争」を始めた真意
中内の功績を一言で表すなら、「価格決定権をめぐる闘いでの勝利」である。1965年に入社した小浜裕正(後にスーパー「カスミ」会長)は、中内にこう発破をかけられたのをよく覚えている。
「価格決定権をメーカーから奪い取るんや。なぜ商品の価格をメーカーが決めてくるんや。消費者を背負った小売りが決めるんや」
その言葉通り、中内は巨大メーカーに正面から挑んだ。花王に出荷を停止されたときは、社員に街の薬局で花王製品を100円で買い集めさせ、ダイエーの店で90円で売るという執念の戦いを10年にわたって繰り広げた。1964年には松下電器産業(現パナソニック)とも衝突し、ダイエーの店頭から松下製品が消えた。自社で格安のテレビを開発するなどして対抗したこの紛争は、1994年の和解まで「30年戦争」と呼ばれた。
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