40代になると人生の限界を感じやすい。どうすればいいのか。能楽師の安田登さんは「孔子の『四十にして惑わず』という言葉は有名だが、孔子の時代には『惑』という漢字は存在していなかったようだ。当時の文字を想定して読み解くと、『不惑』のイメージとはだいぶ異なる意味が見えてくる」という――。

※本稿は、斎藤幸平、小川公代、安田登、秋満吉彦『血肉となる読書 なぜ読むことだけが人生を変えるのか』(あさま社)より、安田登さん執筆部分の一部を再編集したものです。

東京都の湯島聖堂の孔子像
写真=iStock.com/Sanga Park
※写真はイメージです

孔子が生きた時代の文字で書き直す

私たちに身近な原語は、日本語の古語と、そして漢文です。

しかし、漢文を読むときには、さらに一歩踏み込むことができます。それは、漢文が書かれた当時の文字で書き直してみるという方法です。すると、よく知っているつもりだった言葉にも新たな光が当たってきます。使い古されていると感じていた言葉が、自分だけの肚に落ちた言葉に変わってくるのです。

たとえば、その一つが『論語』です。

『論語』とは、孔子(紀元前552年~紀元前479年、異説あり)とその高弟たちの言行を、死後、弟子たちがまとめた書物です。成立したのは孔子が亡くなったおよそ400年後と考えられています。文献としてまとめられた時期から数えても2000年以上、読み継がれている。聖書や仏典と並び称され、聖典といわれています。

私は以前、『論語』を孔子が生きた時代の文字で書き直すという作業をしてみたことがあります。『論語』に書かれているのは孔子の言行なのだから、その当時の文字で読んでみるべきなのでは? と思ったのがきっかけです。春秋時代、まだ紙が使われるようになるより前。おそらく竹や木に書かれていたと思われますが、しかし孔子の時代の竹簡や木簡は見つかっていません。ですから、青銅器に鋳込まれた金文と呼ばれる文字で書いてみました。

「不惑」の「惑」は存在していなかった

この作業をしているといろんなことがわかってきます。その一つが、現代に流布している『論語』には、孔子の時代には存在しなかった文字が、かなりの数、含まれているということです。たとえば、『論語』の中でもおそらく非常に有名な言葉の一つであろう「四十にして惑わず」。

「不惑」です。

この「惑」という漢字は、実は孔子の時代には(おそらく)まだ存在していませんでした。ということは、孔子は「惑わず」とは言っていなかったことになります。

では、何と言っていたのでしょう?

前述したように、こういうときには、字形が似ていて、古代においての「音」が似ていた字を探すのが基本です。行き当たったのが「惑」から「心」を取った「或」という字でした。この字は孔子の時代にもありました。