「働く人をより働きやすく、楽にする」。それを前提に実践されるトヨタ生産方式の礎をつくった男、豊田佐吉。発明王と呼ばれる佐吉が、経営者として、そして一人の人間として胸に宿していた熱い想いの原点を追う。
第三章 佐吉が遺した「自働化」の礎

トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎の父親が発明王、豊田佐吉だ。佐吉は自動織機の発明でトヨタグループの基礎をつくった。

そして、トヨタ生産方式の二本柱「自働化」「ジャスト・イン・タイム」のうち、前者の起源は佐吉が発明した織機に表れているとされる。この章では「自働化」とは何かを佐吉の人生をたどりながら考える。

その前に整理しておく。トヨタのホームページには「トヨタ生産方式はこういうものです」と書いてある。元はひとつの文章だが、箇条書きに直してある。

【前提】
働く人をより働きやすく、楽にする。

【目的】
お客様にご注文いただいたクルマを、良い品質で、安く、タイムリーにお届けする。それには徹底的にムダを無くし、リードタイムを短くする。

【実践】
トヨタ生産方式をトヨタ自動車のクルマやサービスなど、あらゆる分野で追求する。全従業員で日々改善を積み重ねる。
発明王であり、トヨタグループの創始者となった豊田佐吉
発明王であり、トヨタグループの創始者となった豊田佐吉。(写真提供=トヨタ自動車)

「生産」方式という名称になっているが、生産工程だけの方式ではない。同社では物流、販売、事務の仕事からレンタカーの貸し出しまで、この方式を活用している。ただし、この方式は当初、生産工程だけのものだった。トヨタは戦後、自工と自販に分かれていた。1982年に工販合併するまで、同方式を体系化した大野耐一は生産の領域とサプライヤーを主な改善の対象にした。その後、豊田章一郎が物流の1次輸送へ同方式を導入する。豊田章男は販売に導入しようと奮闘したが、すぐには適用できなかった。同方式が全国の販売店に入ったのは2000年代以降のことである。

豊田章男は「トヨタ生産方式はトヨタの技であり、物の見方・考え方の軸」と言っている。

技だから体が覚え込んでしまえば、何か異変が起こった時、じたばたせずに、この考えと技に従って生産、物流、販売と取り組めばいい。トヨタはリーマンショック、コロナ禍に際してはトヨタ生産方式で考え、それに従って行動した。そうして、異変を乗り越えた。異変や危機の時にこそ効果が表れるのがこの方式だ。

また、自働化についても説明しておく。同社のホームページにあるものをこれも箇条書きにしてある。

「ニンベンのついた自働化」

・自動プラスアルファの考え方トヨタ生産方式における「自働化」は、いわゆる「自動化=オートメーション」に「人間の知恵」をつけた「ニンベンのついた自働化」である。
・「ニンベンのついた」の意味単に機械を動かすのではなく、人間の知恵を付けた機械を動かすから、「ニンベンのついた自働化」と表記したのだろう。
・人間の知恵とは「人間の知恵」とは機械設備の異常、品質の異常、作業遅れなどの異常が生じた時に表れる。機械設備それ自体が異常を検知して自動で停止したり、作業者自身が停止スイッチを押してラインを止められるようにすること。
・不良品がなくなるラインを止めれば不良の流出がなくなる。加えて、異常が明確にわかり異常の再発防止を図ることができる。その結果、「品質を工程でつくり込む」ことができる。
・人を機械の番人にしない異常が発生しても自動で停止するので設備の見張りをする必要がなくなり、「省人(工数低減)」が可能となる。

自働化は生産性向上に結び付くが、これを二本柱にしたのは「働く人をより働きやすく、楽にする」ことが大切なのだとわかる。

そして、豊田佐吉の人生をたどると、彼の発明した織機は作業が楽になるものだった。高性能の織機でもあったけれど、人間尊重の機械だったから、日本と世界でベストセラー製品になった。

発明王・豊田佐吉のはじまり 静岡の生家

豊田佐吉、喜一郎ともに生まれたのは遠江国敷知郡山口(現・静岡県湖西市山口)だ。生家を復元した家屋が「豊田佐吉記念館」として公開されている。記念館はJR東海道本線の鷲津駅から2kmの距離にあり、徒歩だと25分、タクシーでは5分だ。