トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎が生きた時代、自動車製造は「道楽」の事業と評された。その余裕こそがトヨタの成功の礎となった。創造を生む現場の姿とは――。
自動車製造が道楽と呼ばれた時代
豊田喜一郎は挙母工場を造った時、「道楽の気持ちもある」と言っている。現代の社長がそんなことを言おうものならたちまち炎上するだろうが、この気持ちは新事業への進出では悪くない。それくらいの余裕がないと部下は緊張するだけで本来の力が出せなくなる。
彼はこう言っている。
「豊田(自動織機)は最初から自動車事業で飯を喰う積りで始めたのではない。何とか立派な自動車を作ってみたい。半ば道楽気が手伝って始めたのである。併し改良進歩が出来ない様な工場組織では自動車事業をやる価値がない。そこで挙母に移転し全く新しい設備と、新しい組織でやる事にしたのです。刈谷でも拡張して行けば二十万坪や三十万坪の地所はどうでもなったのであるが、それでは思い切った大改革が出来ないので、不便を忍んで挙母に全く新しく工場を作りなおした訳で御座います」(「豊田喜一郎文書集成」)
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