※本稿は、青山誠『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(角川文庫)の一部を再編集したものです。
セツとハーン、お互いの第一印象は最悪?
ハーンのセツに対する第一印象は最悪、その容姿が気に入らなかったようだ。翌日に富田旅館の女将ツネが様子を見に行くと、ハーンは不機嫌な顔で、セツを連れて帰るように言ってきた。
この談話は、著者の桑原羊次郎氏が大正時代に83歳で存命中だったツネに取材して聞き取ったものだ。
「武士の娘は手足が細いはず」という思い込み
士族の娘は華奢で手足が細いと、ハーンは強い固定観念に囚われていた。ピエル・ロティの小説の影響がまだ抜け切っていなかったのかもしれない。『お菊さん』のヒロインは華奢で可愛らしく、そのモデルとなった女性は豊後竹田の没落士族の娘だったという。
そもそも“妾”としての女中は望んでいなかったならば、ビジュアルや年齢はどうでもいいと思うのだが……。最初に来る予定だった女中は「中年の婦人」ということだったが、それにはまったく不満はなさそうだった。むしろ年齢が高い女性のほうが、相手を異性として意識しないですむから好都合くらいに思っていたようである。
その後は紆余曲折あり、実際に住み込み女中としてやって来たのがセツだった。婚期を逃したバツイチだが、この頃はまだ23歳。中年女性というには若すぎる。紹介者のツネもセツのことは「お嬢様」と呼んでいた。セツの出自や年齢、経歴などはハーンも事前に聞いていただろう。
住み込み女中が「中年の婦人」から「20歳代の若い士族のお嬢様」に……彼もまだ40歳、枯れるような年齢ではない。若い娘に変更になったことで、心がときめいたにちがいない。相手が妾になるのを覚悟していることも、ツネから聞かされていただろう。恋愛スキルの低い者でも、容易に越せそうな低いハードルになっている。ひとつ屋根の下で暮らしていれば、何が起きても不思議ではない。
