人手不足は日本社会をどう変えるのか。文筆家の御田寺圭さんは「人手不足の時代には、優秀な人はいままで以上に取り合いになる。諸外国と比べて高品質だった日本のサービス水準も下がっていくだろう」という――。
カフェで働く店員
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「最近の若者は」と自分が言うときが来るなんて

“最近の若者には「質の低下」を感じる。まともに挨拶できなかったり、報連相をいくら教えてもできないのは当たり前で、少し厳しめにフィードバックされるとすぐに欠勤したり退職代行を使って辞めていく。どんどん幼稚になっている。「最近の若いもんは」なんて老害が言う言葉だ、そう思って自分のなかでは禁句にしていたのに、いまではもうその言葉を使わずにはいられない”

――これは自分の周囲にいる経営者もしばしば口をそろえて言うことで、しかもここ数年見聞きする頻度が急激に増えてきた。どうしたらいいのかわからず、多くの人が頭を抱えている。

しかしながら、はっきり言っておきたい。これはもうどうしようもないと。

若者たちが悪いのではなく、経営者側が「そういう時代になったのだ」と弁えないといけない。そういう時代になったのだと。

挨拶もしない、報連相もしない、ミスは隠す…

これからますます深刻化することが確定している苛烈な人手不足の時代には優秀な人はいままで以上に取り合いになることは言うまでもなく、ひと昔前までなら「ふつう」くらいの評価水準だった人でさえ、いくら望んでも採用選考の場にはなかなか来てくれなくなる。

語弊をおそれずいえば、ひと昔前の「人余り」の時代なら確実にどこからも“撥ねられ”て労働市場からご退場いただいていたようなタイプの人であっても、もはやえり好みしていられなくなり、とにかく労働市場に戻ってきていただくフェーズにすでに入っている。おそらく皆さんの職場や面接会場にもこれから続々と、昔の基準でいえばぜひとも採用を見送りたいタイプの人がやってくることになる。

昨年のプレジデントオンラインでは「挨拶のできない新入社員」「あいさつ不要論を唱える新卒社員」の話題が大きな波紋を呼んでいた。

「なんでわざわざ知らない人に、あいさつをしなければいけないのですか」

昨今では、新入社員から真顔でこんな質問をされると耳にします。若い世代を中心に広まっているとされる、いわゆる「あいさつ不要論」です。

親しい間柄でもないのに、なぜ頭を下げたり、わざわざ自分からコミュニケーションを図ったりしなければいけないのか納得がいかないのでしょう。

上司や先輩からあいさつを強要されるのに反発をする向きもあるようです。こうした風潮は、コロナ禍がより促進させたこともあるでしょう。人と人とが直接的に関わらない状況下で学んだ結果かもしれません。

プレジデントオンライン「なぜイマドキの新入社員は『おはようございます』が言えないのか…SNSに広がる『あいさつ不要論』への違和感」(2024年11月2日)より

これも結局のところ、コロナがどうのというよりも「人手不足で『いい人材』は大手企業にほとんどが採られてしまい、これまでならサヨナラしていたレベルの人材ですら取り合わざるを得ない」ということで説明がつく。

挨拶もしないし、報連相もしないし、ミスは報告せず隠すし、物品を壊しても黙ったままだし、厳しめのフィードバックをするとすぐ飛ぶしで、本当に採用してもろくなことがないのかもしれない。だが、それでも替えはいないから、使っていくしかない。