日本の上場企業の多くが敵対的買収を防ぐために買収防衛策を導入している。それは経営者の保身のためではなく、買収者に従業員との書かれざる契約を守らせるためである。遵守を担保できなければ従業員の忠誠心を引き出すことができないし、モラールダウンも起こって企業価値が低下するかもしれないからである。
M&Aのあと、新経営陣は、企業と従業員との書かれざる契約をどの程度まで遵守すべきなのか。遵守にこだわるのであれば、事業経営に大きな変化は引き起こせない。かつての日本の合併では、変化を最小限にするという方法がとられてきた。
余裕のある時代の銀行の合併では、合併後、人事部が3つ設置されていた。合併前の2つの銀行のそれぞれの人事部、合併後に入社してきた人々を管轄する人事部、の3つである。
日本企業同士の友好的買収の場合には、買収企業は書かれざる契約を遵守することが多い。それを破ってしまうと、従業員のモラールが低下することを知っているからである。しかし、救済型の合併の場合は、この契約が遵守されないこともある。救済型の合併の場合には、会社がつぶれて職を失うよりはましだろうという感情が被買収側の従業員にも、買収側の企業にもあるからである。
このような書かれざる契約が守られるかどうかの心配が大きいのは、海外の企業による買収の場合である。特に今回のように特異な経営スタイルを持つ会社による場合には、その心配が大きい。ハイアールは、比較的素朴な出来高給制度で現場の人々を管理している。日本や米国では約100年前にはやった科学的管理法時代の経営スタイルである。果たしてこのような方式が三洋にも適用されるのであろうか。
欧米企業は、人材が企業の価値の源泉であると知っている。そのために、ハゲタカファンドを除けば、郷に入れば郷に従えということで、書かれざる契約を遵守することが多かった。
ハイアールの場合はどうだろうか。不安が大きくなるのは、中国企業による買収はまだ例が少なく、同社が特異な経営のスタイルを用いているからである。ハイアールが独特の経営スタイルを持ちこむとすれば、これまでの三洋における書かれざる契約は守られない可能性がある。従業員に大きな戸惑いが出てくる可能性がある。しかし、買収した企業の価値の源泉は人間であるということをハイアールが認識するなら、従業員を確保し続けるために日本的な書かれざる契約は遵守されることになるだろう。今後の推移を注意深く見守ろうではないか。