企業は、利益をあげることを最優先にせず、社会のためになるという動機で、事業を興すべき。四国の小さな企業の事例を基に、ビジネスが真に大切にすべき精神を説く。

なぜ片足だけの靴が顧客の信頼を掴むのか

靴を、片足・左右サイズ違いでも販売する。そんなメーカーがある。もちろん、足の左右のサイズが違う人、片足だけが特異な減り方をする人には都合がいいが、ふつうのメーカーは嫌がる。生産・在庫面での細かい調整が必要になるし、販売の際も手続きは面倒。だが、この会社は、その方針を守る。

徳武産業という四国の香川にあるシューズ会社がそれだ。ケアシューズあゆみを中心に、靴やスリッパなどを生産販売する企業だ。この会社のお客さんは、高齢者、それも足に不安を抱えた方々が中心。

片足が腫れて、両足同じサイズの靴を履くことができない高齢者や、片足が不自由で片足だけ特注の靴が必要な人は私の身の回りにもいる。その方々にとっては、片足だけでも購入できるというのは、何よりありがたい。

徳武産業は昭和32(1957)年に、手袋縫製の会社としてスタートした。その後、手袋からスリッパ製造、靴メーカーの下請けとして成長した。大手通販会社の下、室内履きの生産をやっていたが、途中で業績がダウンした。

自ら市場を開拓しようと思っていたところ、老人施設から「老人が廊下を歩いていて転倒することがあり、転倒しにくい靴が作れないか」との問い合わせがあった。そこで老人向けシューズに取り組むことになった。95年頃のことである。

十河孝男社長は、夫人と2人で、周辺の老人施設を回った。高齢者の方々と話をし、要望を聞いた。2年間で、30施設、500人もの高齢者に話を聞いたという。それで生まれた施設履きの靴は、つま先のところが少し上がった靴だった。

年をとると足の筋力が衰え、かかとから足を着けなくなる。つま先から足を着き、そして躓く。つま先が少し上がるだけで躓くリスクは大きく下がる。しかし逆に上げすぎると、足が疲れる。微妙な上げ幅が大事なのだが、試行錯誤を通じて、ちょうどいい上げ幅の靴が作られた。

転倒の理由にはもう一つある。足のサイズの違いだ。病気や障害によって足の左右のサイズが違う人は、大きい足に合わせて靴を買い、靴下を重ねばきしたり、つま先に詰め物を入れたりしてサイズ調整をしていることに気がついた。先に述べた片足・左右サイズ違いの販売が大事なことが確認できたわけである。

狙いは定まっても、なかなか市場は広がらない。社内に徒労感も出てくる。そんな折、老人施設の夏祭りの準備を手伝っていたとき、十河社長は一人のおばあちゃんに出会った。そのおばあちゃんは90歳を超えているのだが、徳武産業の赤い靴を買って履いていた。「赤い靴を履くのが夢だったの。この靴を履いて歩くのがうれしくて、今はこの靴を枕元に置いて寝ている」とのこと。

お客さんのこうした言葉が励みになる。

「明るい色・軽い・転倒しない機能性・リーズナブルな価格を」のコンセプトを軸に、全国販売に取り組んでいった。その後、順調に業績を伸ばしていったが、そこには創意工夫が溢れていた。