日本だから成立したキオスクのビジネス

前回のコラムで石井淳蔵さんは日本の小売業について書いておられた(>>記事はこちら)。日本の小売業はいくつかの重要なイノベーションを起こしてきたにもかかわらず、大学生の間で就職先としての人気があまり高くないことを嘆いておられた。流通科学大学の学長としての気持ちはよくわかる。

こうなるのは、商品を流通させることだけが商業の存在意義だと考える硬直的な見方が蔓延しているせいであり、商人の役割は新しい市場を創造することだという見方が広まっていないためでもあるというのが石井さんの主張だ。

私は、賃金水準の低さが就職人気と関係しているのではないかと思っている。魅力を上げる手っ取り早い方法は賃金水準を上げることではないかと思う。しかし、これは容易なことではない。

価格競争が厳しくなっている今日このごろ、賃金で大判振る舞いすることなどできない。そのときに考えるべきは、相対的人件費である。賃金水準を上げても、相対的人件費は下げるという発想が必要だ。

相対的人件費とは、仕事を通じて生み出された価値の大きさに対する人件費の比率である。相対的人件費を下げるのには、大きく2つの方法がある。

第一は、人件費の絶対水準を下げることである。もっとも単純な方法だ。しかし、そうすれば、企業や産業の魅力が低下し、優秀な人材が集められなくなる。

第二の方法は、働く人々が生み出す価値を高めることである。賃金以上に仕事が生み出す価値を高めることができれば、賃金を上昇させても、相対的人件費が下がるということすらありうる。

仕事の価値を高める方法も2つに分けることができる。第一は、働く人々の能力や貢献意欲を高め、それによって仕事の価値を高めることである。第二は、意欲や能力をうまく生かせるような支援システムをつくることである。働く人々がよりよい決定ができるように情報武装をするというのが、その代表的方法である。

日本の製造業の競争力は、相対的人件費の低さにある。絶対的人件費は中国やASEAN諸国のほうが低いが、日本の現場従業員は、改善改良の知恵を出し価値を生み出すので、相対的人件費は低いのである。一部の製造業が日本回帰の動きを示しているのは、この相対的人件費の低さのゆえである。

欧米の流通企業を見ていると、働く人々の意欲や能力を高めるのに知恵を使っていると感じることが多い。

日本の場合は、特に何もしなくても、パートやアルバイトは能力が高いし、まじめに仕事に取り組んでくれるから、意欲を高めるために知恵を働かせる必要がないのである。駅のキオスクは、優秀でまじめな女性労働力が存在したから成立した小売業である。