日本の流通業でも、正社員しか採用していなかった時代には、いつかはもっとやりがいのある仕事につけるという可能性が従業員の意欲を引き出し、能力開発への取り組みを引き出していた。年功制は、将来の処遇で現在の意欲を引き出すことができる、というメリットがあったということを思い出す必要がある。パート・アルバイトなどの非正規社員の採用は、目先の絶対的人件費を下げるのに役立っても、相対的人件費を下げるという効果は乏しいと考えるべきである。

賃金以外のインセンティブを与えることによってやる気を引き出すことができれば、相対的人件費を下げることができる。

世界最大の小売りチェーンであるウォルマートは、賃金水準は低いが、株式を通じた利益分配を行うことによって賃金コストを下げ、従業員の企業への一体感を高めている。それが相対的人件費を下げるのに貢献している。利益分配の手段として株式による賞与制度が日本でもっと真剣に検討されてもよい。

物流サービス業で、ヤマト運輸がセールスドライバーを可能な限り正社員にしようとしているのも、相対的人件費に注目した施策である。相対的人件費に注目すれば、仮に人件費の絶対水準が高くても、企業としては生産性を上げることができる。逆に目先の人件費を下げることがかえって相対的人件費の上昇をもたらす可能性すらある。

ここでも目先のコストダウンがかえってコストを上げるという逆説が起こる可能性がある。働く人々にとって魅力的な賃金を支払い、かつ相対的人件費を抑えるという方策をとる小売企業が増えれば、小売業は学生にとってもっと魅力的な就職先となるであろう。

そのほかにも相対的人件費を下げる方法がある。場合によっては賃金を下げても、就職先としての魅力を高めることができる。働くことによって能力が高まる場合である。P&Gは賃金は低いけれども、同社で働けば、企画能力が高まり、転職後の給料が高くなるということを売りにしている。

かつての日本の流通業は、独立して商業をしたいという希望を持つ人材を集めていた。