昔はどこの会社にも、鬼のような上司がいた。上司は部下を厳しく育てた。部下たちは、猛烈社員となって会社の発展に寄与し、日本は奇跡の復興を遂げた。高度成長後、40数年の歳月が流れ、いつの間にか会社から鬼の姿が消えていった……。

上司にとって、“やさしさ”は大事な条件かもしれない。部下をひきつけ、部下を動かす最も威力のある武器なのかもしれない。これに欠ける上司は、うまくやっていけないのかもしれない。しかし半面、やさしさは上司の自殺兵器ではないかとも思う。一歩間違えば、にせものの偽善家になってしまう。ついには、ダメな部下を抱えたダメ上司になってしまう。

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強い上司と弱い上司、部下の指導法の違い

いつもニコニコ笑っていて、部下が「忙しい」「手が足りない」と口をとがらせていると、「では私が手伝おう」と挨拶状のコピーを取ったり、宛名印刷をしたり、雑用を率先して引き受ける。ろくに返事をしない部下がいても「数字を上げているのだから別にいいんじゃないか」と見逃してくれる。他部門からも、「あんな人の部下になりたい」という声が上がるほどの人気の係長がいた。

しかし、この係長のような上司は、会社という大局から見たら最悪なのだ。

部下に人気があるのは、当然である。こんな上司の下だと、部下は自分がラクだからだ。だが、そのじつ係長のほうもラクをしているのだ。叱るより自分がやってしまうほうがラクだからにすぎない。雑用を慌ててやらなければならないのは、本人の段取りの悪さや仕事が遅いのが原因である。上司の声に返事をしない部下を許すのは「やさしい」のではなく無責任なのである。

つまりこの上司のもっとも大きな問題は、部下を指導しないことによって、自分の部署が強い組織になることを放棄しているということだ。上司の「やさしさ」の本質は、「無関心」からくるものだったのだ。