キリンホールディングスは9月、健康食品大手「ファンケル」を2300億円で買収した。年内をめどに完全子会社化する。主力のビール事業とは別に、ヘルスサイエンス事業に注力する狙いはどこにあるのか。南方健志社長・最高執行責任者(COO)に、ジャーナリストの永井隆さんが聞いた――(後編/全2回)。
キリンホールディングスの南方健志社長・最高執行責任者(COO)
撮影=門間新弥
キリンホールディングスの南方健志社長・最高執行責任者(COO)

「常識外れ」の製法から生まれた一番搾り

――技術畑出身の南方さんは、イノベーション(技術革新)の大切さを訴えています。とりわけ、「一番搾り」の開発から多くを学んだと話されています。

【南方健志】人口減少社会を迎え、モノづくりにはイノベーションは必須なんです。「一番搾り」(1990年3月発売)は、キリンの歴史のなかでも最もイノベーティブな商品です。なぜなら、それまでのビールの常識を覆したからです。

1989年、入社6年目を迎えていた私は取手工場(茨城県)の醸造技師を務めていました。そこへ、『一番搾り麦汁だけを使うビールの新製品を、俺たちはいま作っている』と、新製品開発チームにいた同期から打ち明けられる。「あり得ない。常識外れだ」と即座に私は思った。

〈もろみ(糖化液)を濾過して最初に流れ出る「一番搾り麦汁」だけを使えば、ピュアな味わいのビールとなる。反面、もろみに再度お湯を加えて得られる「二番搾り麦汁」を使わない分、収量は減ってしまう。当然、大変なコストアップを招く。一番と二番の二種類の麦汁を合わせてつくるのがビール、というのは前提であり、コスト削減に取り組む生産現場の技術者にとって「一番搾り麦汁」だけで造るビールは非常識そのものだった〉

焼酎を使わない氷結、麦芽を使わないのどごし〈生〉…

【南方】ところが、発売されるやいなや「一番搾り」は大ヒット。いまも、キリンのビール事業を支える主力商品です。

つまり、イノベーションにしても、クラフトビール事業のような新しい価値提案にしても、それまで自分たちが抱いていた常識を疑うことから始まるのです。常識を覆して成功を収めた「一番搾り」は、キリンの挑戦の原点でもあります。

――キリンには先陣を切るイノベーティブな製品、技術は多いようですね。

【南方】「一番搾り」を筆頭に、わが国初のライトビール「キリンライトビール」(1980年発売。従来品よりカロリー30%オフ、アルコール度数3.5%)は濃いビールと薄いビールをブレンドして造るのですが、特許を取った。やはりわが国初のアルコール度数0.0%のビールテイスト飲料(2009年発売)、プリン体をカットする技術、ベース酒に焼酎ではなくウォッカを初めて採用した缶チューハイ「氷結」(発売は2001年)、「のどごし〈生〉」(同2005年)は麦芽を一切使わない醸造技術を採用しました。

1980年に発売されたキリンライトビール
筆者提供
1980年に発売されたキリンライトビール

ビール以外の分野では、抗体医薬の「クリスビータ」、免疫機能を高める「プラズマ乳酸菌」も私たちのイノベーションなのです。

〈旧第3のビールで麦芽を使わない“豆系”ではサッポロ「ドラフトワン」が先発。ただし、販売量では「のどごし〈生〉」がトップ。同じく健康系ビール類も、発売はサントリーが半年早かったが、「淡麗グリーンラベル」(同2002年)が実質的に市場を創出した。また、「午後の紅茶」(1986年発売)は、わが国初のペットボトル入り紅茶飲料〉