少品種大量生産で利益を得られる時代ではない
【南方】前田さんが遺した、「先取り」するというDNAは、いまもキリンに生きています。(2015年から本格的に始めた)クラフトビール事業も、キリンとしての高付加価値の新たな提案です。
――「ハートランド」は、いまのクラフトビールに通じるコンセプトです。単品大量生産を否定しています。不特定多数を狙うのではなく、限られた層に深く刺さる商品です。広さではなく、深さを追求する。
【南方】酒類も飲料も、お客さまのニーズは多様化しています。品揃えを拡充させる一方で、生産部門には多品種へのきめ細かな対応が求められます。生産部門には負荷がかかるけど、少品種大量生産で利益を得られた時代ではないのです。
――先日、サントリーの白州蒸溜所を見学したのですが、フロアモルティング(大麦を床に広げて水をやり、ウイスキーの原料となる麦芽を手作りで成育する工程)を、技術者教育のために始めていました。クラフトマン(職人)の育成を目指しているそうです。
〈ちなみに、ビールを蒸溜して樽で長期熟成したのがウイスキーだ。ワインならブランデーとなる〉
自動化が進むほど、技術者には五感が求められる
【南方】素晴らしい取り組みだと思います。原点に戻り、技術は伝承していくべき。特に、技術者には、五感が必要なんです。麦芽やホップに手で触れて香りを嗅ぐ。(真核生物の)酵母は、香りも色も状態さえ毎回違う。五感で高品質なビールを造り込める人は、求められている。
私が20代で工場に勤務していた頃は、発酵が終わったタンクに入り、内側にこびりついた酵母の死骸をタワシ状の用具で、削り取っていました。汗だくになって。重労働でしたが、酵母を肌で感じられました。
いまは工場のオートメーション化が進み、技術者が麦芽や酵母と触れ合うことは少なくなってます。しかし、元来ビールは自然の原料から、微生物である酵母の活動によりできる酒。科学的な積み重ねだけでは完全ではなく、最後は五感を持つ人が頼りになるのです。
キリンは横浜工場に、技術者を教育する「ものづくり人材開発センター」を設けています。原点となる技術、技能の伝承を行い、若手だけではなく広く技術者の五感を鍛えています。さらに福岡工場には(麦芽をつくる)製麦工場が、いまでもあるのです。