仕事へのやる気がなくなったり、周囲にイライラしたりするのはなぜか。精神科医の伊藤拓さんは「外部からのストレスで脳が疲弊している状態だと、身体や感情のコントロールをする脳内物質をバランスよく維持することができなくなる。しかも、遺伝子型によってネガティブ感情になりやすい人と、なりにくい人がいる」という――。

※本稿は、伊藤拓『精神科医だけが知っている ネガティブ感情の整理術』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の一部を再編集したものです。

「爬虫類脳」「哺乳類脳」「人間脳」がある

人間の基本感情の研究は、進化論で有名なダーウィンの研究に端を発すると言われています。ダーウィンは感情を表す表情に着目し、そこにも進化がかかわっていると考えました。そして、彼の唱えた地域や文化の違いを超えた表情の普遍性が、現在の基本的感情論につながっていったようです。

ここで、脳の進化についても少し考えてみましょう。

アメリカの生理学者であり臨床精神科医のポール・D・マクリーンは、人の脳には「爬虫類脳」「哺乳類脳」「人間脳」の三層があり、進化の過程でこのような構造になったという「三位一体脳説」を提唱しました。とても有名な説ですから、みなさんの中にもご存じの方はいらっしゃるかもしれません。

現在は、神経科学や分子遺伝学などの分野で脳の研究がさらに進み、マクリーンの説に否定的な意見も見られます。私たち生物の進化は、これほど単純ではないということでしょう。ただ、学術的な面というよりも、脳の仕組みをより理解しやすいという点もあり、ここでご紹介する意味はあると思っています。

好き嫌いや恐怖を司るのは哺乳類脳

では、「三位一体脳説」でいう三層の脳は、それぞれどのような役割を担っているのでしょうか。

「爬虫類脳」は、脳の中で最も原始的な部分で、生命活動の根幹となる部分にかかわっています。脳の部位で言うと「脳幹」と呼ばれる部分です。たとえば、呼吸や脈拍、体温などを調整する自律神経をコントロールしたり、本能的な反射を起こさせたりします。

その上にあるのが「哺乳類脳」で、「三位一体脳説」では人だけでなく犬や猫、馬といった哺乳類が持っているとしています。脳の部位では「大脳辺縁系」と呼ばれる部分です。感情や記憶にかかわりがあり、好き嫌い、恐怖といった基本感情のコントロールもこの部分が行っています。

そして、一番外側にある「人間脳」は、哺乳類脳よりもさらに高次な働きをします。脳の部位では「大脳新皮質」と呼ばれる部分です。論理的に物事を考えたり、理性を持って対処したりできるのも、この人間脳の働きによるものです。