発達障害と診断される人が増えている。精神科医の生野信弘さんは「仕事や日常生活がうまくいかない、と悩む人が『自分は発達障害かも』と訴えることがあるが、違うところに原因があることも少なくない」という。著書『トラウマからの回復』(扶桑社)より、原因不明の不調に悩むハナさんのケースを紹介する――。
胸に手を置く人
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
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不調の原因は「幼少期のトラウマ体験」?

予約したクリニックはオフィス街のメイン通りから少し離れた、静かな場所にあった。

「今日はどうされましたか?」

診察室にいたのは、穏やかな雰囲気をまとった、丸い顔の50代くらいの男の先生だ。私は体調が悪くて日常生活がうまくいかないこと、原因が分からなくて困っていること、先生に質問されるがまま幼少期の出来事などを話した。

~診察室にて~

【ハナ】忘れっぽいし、集中力もないし、昔から大きな音が苦手だったんです。ライフハック本などを読んで自分なりにいろいろ工夫して、仕事はなんとか乗り切ってきたのですが、最近はうまくコントロールすることができなくって。私って発達障害の特性があるんでしょうか?

【医師】発達障害の特性があるかどうかはすぐに診断することはできません。でも、ハナさんの生育歴を聞く限り、幼少期の親とのトラウマ体験が影響している可能性もありますね。

【ハナ】トラウマ……ですか? 確かに両親とはあまりいい思い出がありませんが、実家を出てずいぶん経ちますし、私もいい大人です。今更トラウマというのもおかしい気がします。

気合や根性でどうにかなるものではない

【医師】普通はそう考えますよね。でもねハナさん、大人になってもきっかけさえあれば、トラウマの蓋が突然開くこともあるんですよ。それで心身に不調をきたしたり、発達障害に似た症状が表れたり、人が変わったようになることもあります。

【ハナ】そんなこともあるんですか。最近、先延ばしぐせがひどくなって、仕事でも凡ミスが増えてしまって。もともとダメ人間だったんですけど、前以上にポンコツになってしまったんです。そんな自分がみっともなくて恥ずかしくって……。これもトラウマが影響しているんですか?

【医師】そうした特徴はどこまでが生まれつきのものか、トラウマ体験によるものかは厳密に線を引くのは難しいところです。でも、過去のトラウマ体験の影響で日常生活がままならないのでしたら、それらのトラウマの影響を症状ととらえて“治療”を試みることもできます。逆に言えば「気合や根性でどうにかする」という類のものでもないんです。

【ハナ】トラウマを“治療”ですか? 何となく子ども時代に受けた心の傷って、生涯治らないものだと思っていました。きっと今後の自分の人生にも陰を落とし続ける。そんな気がしていたのですが……。

【医師】ええ、もちろんトラウマ治療は「過去の辛い記憶をなくす」というものではありません。トラウマの記憶を過去のものとして処理して、自分の未来に影響を与えないようにしていくんです。