常に二人三脚で対話を繰り返す
安川氏のいう「仕掛け」は、ドラマだけではない。サブプライム・ローンが証券化を経て世界中に流通していくさまをラグビーにたとえ、実際にラグビー場で撮影した映像を解説場面に挿入したのだ。
「これは取材映像の編集作業中に、ディレクターや編集マンと話し合っているときに思いつきました。ふつうならCGを使って説明するところですが、CGくらいでは誰も驚きません。今はもっとアナログで、手触り感のあるほうが面白いんじゃないかと考えたんです」
番組の編集作業は放送1カ月前からスタートする。残された時間は少ない。だが、取材を担当するディレクターや他のCPに意見を聞くと、口々に「面白い、やろう」という。そこで急遽、新たなロケに入ることになった。
「会議室でホワイトボードを前にみんなが机に座り、『さあ、ここの演出をどう考えようか』とやっても、アイデアは出てきませんよ。むしろ狭い編集室で煎餅なんかをぼりぼり食べながら『うーん、もっと面白くならないの?』と話し合っているときに生まれてくるものです」
一方、第4話では「人間」に焦点を当てることで、難解な金融工学を直観的に理解できるレベルへ落とし込むことに成功した。第3話と第4話を担当した井上恭介CP(45歳)がいう。
「今回、金融工学ではトップクラスの人たちが何人か取材に応じてくれました。仕組みそのものの難解さとともに、こういう人物の『目から鼻へ抜ける』優秀さを表現したいと思いましてね。パソコン上で書類を読むシーンがあるんですが、数100ページはあろうかという書類を、ブワーッと、もの凄い勢いでスクロールしていく。するとこの一瞬で、『こんなに凄い人が仕組みをつくったのか』ということが映像だけでわかるのです」
企画に沿って取材・編集に当たるのはディレクターである。CPは予算管理や安全確保といった管理職的な役割を担っている。だが、NHKスペシャルのCPは、現場の仕事をディレクターに丸投げしていない。常に二人三脚で対話を繰り返しながら、膨大な取材テープの森のなかでディレクターが道に迷わないよう導いているのである。
その心構えを、鈴木氏が表現する。
「岡目八目に徹するのです。ディレクターは取材を通じて専門的な知識を得ているから、話していると専門用語が飛び出してくる。でも、それでは視聴者には通じません。そこでCPが素人の目で見て、番組がわかりやすくなるようにアドバイスをするのです。さらに僕は担当のCPよりもそのテーマには詳しくないですから、試写を見た段階で『それじゃあ、視聴者にはわからないよ』と指摘する。そういう役割なんです」
常に素人の視点で問い返す。「ソクラテス的対話」といってもいい。こうした過程を繰り返すことで、NHKスペシャルは高度な内容を保ちながら、わかりやすく、視聴者を引きつける番組であり続けるのだ。ちなみに1~3話の視聴率はそれぞれ9.6%、9.7%、8.9%(ビデオリサーチ、関東地区)。ドキュメンタリーとしては例外的な人気である。