鍋蓋の片づけ方を白熱して議論する
その日、能登半島の高級旅館・加賀屋の広間では、20名ほどの客室係による臨時のミーティングが開かれていた。
部屋に用意されているのは夕食と朝食のお膳。フロアリーダーの若葉さんが、おしぼりの出し方、椀物の蓋を片づけるタイミング、煎茶の美味しい淹れ方など、望ましいサービスの手本を見せていく。従業員たちはみな真剣な眼差しでその様子を見つめていた。
1つのテーマを終えるたびに、若葉さんがこう問いかけるのが印象的だった。
「意見があったら言ってください。みんなでつくり上げていきましょう」
「これはベターであってベストではありません。少しでもいいなと思うことを、みんなで掘り出していこうと思います」
するとこれまでの緊張した雰囲気がふっと緩み、ぽつぽつと質問の声があがり始める。特に議論が白熱したのは、お膳の鍋蓋の処理に話題が及んだときだった。椀物の蓋は貝やカニのカラ入れにも使えるので、すぐに下げてはならない。しかし、一回り大きい鍋の蓋はどうか――?
お膳の周りに全員が集まると、「以前、お茶をお出ししたところ……」「私がお膳を準備していたとき……」と、現場での体験を彼女たちは胸を張って語る。
現在、08年秋からの不況の影響で、加賀屋の業績は厳しい状況が続いているという。だが、その声に暗さは見られない。細やかな議論を交わす様子からは、この旅館で働くことへの自信や、少しでもサービスを良くしようという意欲がむしろ伝わってくる。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」(旅行新聞社主催)で29年連続総合日本一に輝く、加賀屋の基礎体力を感じさせる瞬間だった。
「私たちが徹底しているのは、お客様からいただいたご意見を捨て子にしないということ。年間20万人の方がお泊まりになりますが、その中の1つの意見も捨ててはならないと考えています」と統括客室センター長の楠峰子さんが話す。