大きくなっても小さな加賀屋でいく
旅館の巨大化があるジレンマを生み出したのも事実だった。現在、加賀屋の社員は360名。バブル期をピークとした設備の拡張の中で、「客室係の顔や名前を覚えることも追いつかない」という時期もあった。その中で、いかにして前述の“精神”を守り抜いていくのかは、常に課題として意識されてきた。
「“大きくなっても小さい加賀屋でいこう”がスローガンです。そして、そのために必要なのは、お客様の満足度は働いている側の満足度があって初めて成り立つ、ということです」と真弓さんは言う。
「しっかりと休憩を取り、日々の生活を安心して送ることができて、初めてすっきりした笑顔になれる」からだ。
例えば加賀屋では4億円以上の費用をかけ、20年前に配膳・下膳の自動搬送システムを導入した。また、最近では早い時間にチェックインをする宿泊客へ接する「もてなし番」を新設。いずれも客室係が宿泊客への対応に集中できるようにするためだ。
さらにその価値観を端的に示すのが、「カンガルーハウス保育園」という保育所・学童保育所の存在だろう。母子家庭の従業員などが安心して働ける環境づくりとして、1歳児から小学六年生までを専属のスタッフが預かる。前身の「白鳥の家」は77年に設立され、今では加賀屋の客室係となった学童保育の出身者もいるという。このような施設の存在は、従業員の一体感や安心感へとゆるやかに繋がっていくものだ。
「社員は家族」と断言する真弓さんは、今は不況による苦境を耐える時期だとして、最後に現在も語り草になっているひとつのエピソードを続けた。
2007年3月の能登半島地震の際、加賀屋は水道管の破裂による館内の浸水などの被害を受け、1カ月の休業を余儀なくされた。そのとき小田禎彦(さだひこ)会長は、真っ先に休業中の従業員に対する給与の保証を宣言した。そのうえで「お休みの間に自分を磨き上げることを何かしなさい」と呼びかけたという。
以来、加賀屋では茶芸や陶芸など“一人一芸”が奨励され、それはサービスや料理の勉強会などが頻繁に開かれる契機にもなった。冒頭のミーティングもまた、その流れを汲んで客室係から自発的に提案されたものだ。
「いいときも悪いときもみんなで分かち合う。お客が普段よりも少ないときだからこそ、自分を高めるために時間を費やして、笑顔で働いてほしい」
そうした眼差しが培う自信と旅館への信頼。従業員の生き生きとした表情をつくり、好循環を生み出す基盤だろう。
※すべて雑誌掲載当時