経営学の眼●思いやりの連鎖を生む「ネオ家族主義経営」
一橋大学大学院商学研究科教授 守島基博
加賀屋の従業員はお客さんのために自発的に仕事へ取り組み、ホスピタリティあふれる接客をしています。なぜ、高度な接客が実現できるのか。その理由は背景に、「ネオ家族主義」というべき経営のあり方があるからでしょう。
本来の家族では、基盤はお互いの思いやりにあります。ネオ家族主義とは家族のように会社と従業員がお互いを思いやり、何が必要かを理解しケアしていくことを指しています。会社は従業員が生活で困っていたり不安に感じていたりすることを察知し、ケアしていく。すると、ケアされた従業員は会社が何に困っていて、どうすればその解決に貢献できるかと考え行動するようになるのです。
さらに加賀屋で見られるように、それがお客さんへの従業員の思いやりに結びつきます。つまり、女将さんが一人ひとりの従業員に対し「この人は何に困っているのか」を考えているのと同様に、従業員がお客さん一人ひとりに対し「何に困っているのか」を考えるという同型的な状況が生まれている。別の言い方をすれば「思いやりの連鎖」が形成されているわけです。
日本企業には昔から「従業員は家族」と認識する、一種の家族主義が見られました。しかし、そこでいう家族主義とは社長を父とする家父長制的な色彩が強く、ビジネスへの戦略的な連結も行われていませんでした。しかし、顧客接点がより重要になってきた今、現場の人たちが一番喜ぶような「ネオ家族主義」を取ることが戦略的に重要な意味を持ってきています。
その点、加賀屋では生活面まで含めた一人ひとりの従業員の事情を把握し、きめ細かくケアしていくことで従業員の業務に対するコミットメントを引き出し、日本一のおもてなしを実現しているのだと考えられます。
(プレジデント編集部=撮影/コラム:一橋大学大学院商学研究科教授 守島基博 構成=宮内 健)