経営学の眼●自己を客観視する「メタ認知」能力を磨け
一橋大学大学院名誉教授 野中郁次郎

(上)アラ編とは「粗い編集」。担当ディレクターが、編集内容をチーフプロデューサーの前で説明。(下)百戦錬磨のプロデューサーの眼が厳しく光る。「岡目八目」の役割がもっとも問われる瞬間。

(上)アラ編とは「粗い編集」。担当ディレクターが、編集内容をチーフプロデューサーの前で説明。(下)百戦錬磨のプロデューサーの眼が厳しく光る。「岡目八目」の役割がもっとも問われる瞬間。

NHKスペシャルの番組制作では、さまざまな出来事を筋道立てて結びつけること、つまりプロットづくりがイノベーションの中心だ。そのための「場」において重要な役割を果たしているのが、NHKスペシャル事務局次長の鈴木真美CPである。鈴木氏の次の言葉に注目したい。彼は番組づくりのプロセスで、(1)当初は意見をはさまず構想が具体化するのを待つ、(2)取材が進んでからは素人の視点(岡目八目)で修正点を指摘する、(3)面白く魅力的な番組にするため全体の構成を考える。この3点に留意しているという。

鈴木氏の頭の中には、企画のスタート時点ですでに大まかなプロットが用意されていたはずだ。しかし、物語をつくるという作業は「衆知の結集プロセス」である。異質な知を総合するほうが、より創造性が高まるのだ。実際、最初の企画会議では一騎当千のCPたちが、それぞれの切り口による企画案を披露し合ったという。鈴木氏はベテランCPたちの豊かな創造性を引き出すために、押し付けをせず(1)の態度を貫いたのだ。

(2)の「岡目八目」とは囲碁の言葉で、対局の当事者よりも横から見ている傍観者のほうが大きな流れをつかみやすいという意味だ。これは関係性の中で自分を客観視する「メタ認知」能力を指す。プロになるほど過去の成功体験にひきずられ、目が曇りがちだ。アマチュアの目からありのままを直観することが大事なのである。

(3)は定量評価よりも「面白い」という定性評価を重視していることを意味する。定性に優れていれば定量的にも成功する。つまり「面白ければ視聴率も上がる」という考えだ。クリエーティブな現場にも経営学の常識が生きていることを知り、私は意を強くした思いである。

(永井 浩=撮影/コラム:一橋大学大学院名誉教授 野中郁次郎)