FIREは人生の主導権を会社から取り戻すこと

アメリカの若者のあいだでいま、「FIRE」と呼ばれる運動が広がっています。“Financial Independence, Retire Early”(経済的に独立し、早く引退しよう)の略で、40歳前後でのリタイアを目指し、収入の7割を貯蓄に回したり、家賃を浮かすため船で暮らしたりするひとまでいるそうです。

一万円札と電卓
写真=iStock.com/Yusuke Ide
※写真はイメージです

とはいえこれは、2000年前後に流行した「アーリーリタイアメント」のことではありません。

マンハッタン中心部の貸会議室で行なわれた「FIRE」のミーティングには20~30代のホワイトカラーの若者30人近くが集まり、記者のインタビューに34歳のエンジニアは、「若いうちに一定の貯蓄ができれば、残りの人生を自由に生きる選択肢を得られる」とこたえています。

「渋滞につかまって通勤に4時間かかったある日、突然気づいたの。これは私が求めていた人生ではないと」とブログに書いたジャミラ・スーフラントさん(38歳)は、2年かけて夫婦で16万9000ドル(約1830万円)を貯金した体験を報告して大きな話題になり、ポッドキャストは50万回ちかくダウンロードされました。

ジャミラさん夫婦は空き時間に副業をはじめたほか、外食や娯楽の予算に制限をつけ、余ったお金を貯蓄と投資に回したことで、18年秋に念願かなって会社を辞めることができました。「人生の主導権を握るのが究極の目標。あと数年のうちに、完全にお金から自由になるつもり」と語っています。

誰もがいずれ「フリーエージェント」になる時代

ここからわかるように、「FIRE」運動の「リタイア(引退)」とは仕事を辞めて悠々自適の暮らしをすることではなく(これだと数千万円の貯金ではまったく足りません)、日々のお金を心配することなく、会社や組織から自由になって好きな仕事をすることです。これが「経済的独立」で、リベラル化する現代社会の価値観(理想)です。

「会社から自由になろう」というと、「独立後の生活が不安だ」という意見がかならず出てきます。誤解のないようにいっておくと、私はなんでもかんでも「フリー」になれといっているわけではありません。しかし、どんなひとも60歳(あるいは65歳)になって定年を迎えれば「フリー」なのです。そう考えれば、サラリーマン生活は「フリー」への準備期間です。

定年後に再雇用されるひとが増えていますが、その給与は現役時代の半分ほどで、やりがいのある仕事も与えられず1年ほどで辞めていくことも多いといいます。これでは人的資本のムダづかいでしかありません。

橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)
橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)

定年後にとぼしい年金をやりくりしながらアルバイト仕事で食いつなぐのと、現役時代の専門知識やスキルを活かし、よい評判を仕事につなげていくのでは、人生の満足度は大きく異なるでしょう。

ひとはいずれ人的資本を失って1人の投資家になりますが、その前に、「人生100年時代」では誰もが「フリーエージェント」を体験することになります。30代や40代で独立するひともいれば、60歳でフリーになるひともいるというちがいにすぎません。

「未来世界」で生き延びるのは、会社に所属しているときでも常に「フリーエージェント」として仕事をしていると考え、会社のブランドに依存するのではなく、自分自身のよい評判を増やしていけるひとです。

始めるのに遅すぎるということはないのです。

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