※本稿は、橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。
同一労働同一賃金を担保できない「定年後再雇用」
60歳から65歳に年金支給開始年齢が引き上げられたことで、60歳定年では仕事を失ったまま年金を受け取れない期間が生じることになりました。これに対処するために政府は①定年廃止、②定年延長、③継続雇用の選択肢を用意していますが、定年廃止や定年延長は年功序列の人事制度を根本的に改めなくてはならないためハードルが高く、ほとんどの会社が継続雇用を採用し、再雇用時に大幅に給与を引き下げています。
国家公務員の場合は定年を65歳に延長することになりましたが、民間企業の給与水準に合わせて、60歳以降の賃金をそれまでの7割に抑えることになりそうです。2021年に改正された高年齢者雇用安定法によって、さらに70歳までの就業確保措置を講じることが努力義務になりました。
しかしこの方針には、大きな問題があります。定年前と同じ仕事をしながら基本給を大幅に引き下げると、「同一労働同一賃金」の原則に反してしまうのです。
定年後の報酬減を認めた最高裁の理屈は不合理
定年退職後に有期雇用で再雇用された運輸会社の運転手が、定年前とまったく同じ業務にもかかわらず賃金が2割強減額されたとして、「同一労働同一賃金」を求める訴訟を起こしました。
この裁判で最高裁は、「定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている」として、2割程度の減給は一般社会で許容される範囲内だと認定しました。
これを言い換えれば、年功序列の人事制度の下では、定年直前の社員は仕事の生産性から計算される適正な給与を上回る「超過報酬」を受け取っており、その「特権」は定年で期限が切れるのだから、再雇用で同じ水準の給与を要求することはできない、ということでしょう。最高裁はこれを「一般社会で許容されている」としたわけですが、「だったら3割の減給ではどうなのか?」という問題が起きるのは目に見えており、いかにも苦しい理屈であることは否めません。
そのため大企業の多くは、再雇用の待遇について従業員から訴訟を起こされるリスクを避けるために、定年前の仕事とはまったく異なる「時給の安い」仕事をさせています。しかしそうなると、これまでとまったくちがうやりがいのない業務をあてがわれることになり、モチベーションが大きく下がってしまいます。