アメリカの若者のあいだで、「FIRE」と呼ばれる運動が広がっている。作家の橘玲さんは「FIREは早くから悠々自適の暮らしをする早期リタイアではない。日々のお金を心配することなく、会社や組織から自由になって好きな仕事をすることであり、その主眼は経済的独立にある」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。

現代社会のストレスの原因は「ふれあいが多すぎる」こと

多くのひとが感じている「生きづらさ」の根源にあるのは、知識社会が高度化し人間関係が複雑化していることです。

保守派やコミュニタリアン(共同体主義者)は「むかしのようなふれあいがなくなった」と嘆きますが、これはそもそも事実としてまちがっています。

小さなムラ社会で農業しながら暮らしていれば、顔を合わせるのは家族と数人の隣人たちだけで、ムラの外から見知らぬ人間(異人)がやってきたら大騒ぎになるでしょう。ヒト(サピエンス)は旧石器時代から何十万年も、あるいは人類の祖先がチンパンジーから分岐してから何百万年も、こうした世界で暮らしてきました。

しかしいまでは、(すくなくとも都会で暮らしていれば)日々、初対面のひとと出会うのが当たり前です。こんな「異常」な環境にわたしたちは適応していないので、それだけでものすごいストレスになります。問題は「ふれあいがなくなった」ことではなく、「ふれあいが多すぎる」ことなのです。

ノートパソコンを被ってデスクに伏す男性
写真=iStock.com/grinvalds
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日本をはじめとして先進国で急速に進む「ソロ化」はここから説明できます。日常生活での「ふれあい」に疲れ果ててしまうため、プライベートくらいは一人(ソロ)になりたいと思うのです。夫婦は「他人」ですから、その関係すらもおっくうになると、結婚できるだけの条件(仕事や収入)をじゅうぶんに満たしていても生涯独身を選ぶひとも増えてくるでしょう。

こうした問題がわかっていても、会社(組織)は専門化する業務や多様な価値観を持つ顧客の要望に対応するために、仕事を複雑化せざるを得ません。その結果、多くの社員が人間関係に翻弄ほんろうされ、擦り切れ、ちから尽きていきます。「karoshi(過労死)」がいまでは英語として使われているように、日本だけではなく世界中で大きな社会問題になっています。