ある大手出版社では、定年後再雇用でそれまでの高給を5割程度も引き下げたうえで、編集者に単純事務の仕事をさせており、あまりにつまらないのでたいてい1~2年で辞めてしまうといいます。これでは一種の「追い出し部屋」で、これまで培ってきた能力や経験をムダにするのは会社にとっても本人にとっても大きな損失でしょう。

なぜこんな不合理なことになるかというと、定年という「超長期雇用の強制解雇」を前提とする日本的雇用そのものが不合理だからです。この矛盾をただし、会社にも労働者にもともに利益のある働き方にするためには、定年制を廃止するとともに、金銭解雇を合法化しなくてはなりません。

段ボール箱を持ってオフィスを移動するうつむいたサラリーマン
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主要各国では補償金を支払うことによる解雇が認められている

海外の労働制度に詳しい法学者(労働法)の大内伸哉さんと経済学者(労働経済学)の川口大司さんらがドイツ、スペイン、アメリカ、フランス、イタリア、イギリス、オランダ、ブラジル、中国、台湾を調べたところ(※)、ほとんどの国で解雇規制に金銭解決ルールが導入されており、なんのルールもない日本はきわめて特殊であることがわかりました。

そのなかでも興味深いのはスペインの解雇法制です。

高い失業率に悩むスペインでは、大胆な規制緩和によって企業に雇用を促そうとしています。その特徴は、①解雇実施前に支払う「事前型補償金」と、解雇訴訟により解雇が不当とされたあとに支払う「事後型補償金」が存在すること、②事後型補償金について、金銭解決を行なうか否かの決定権が原則として使用者にあること、③補償金の計算方法が明確に決定されていることです。

解雇に伴う事前型補償金は「勤続1年につき20日分の賃金相当額、最大で12カ月分の賃金相当額」で、労働者代表との協議を条件に、経営上の理由による集団的解雇(整理解雇)も認められています。

正当な理由なく解雇された場合の事後型補償金は「勤続1年につき33日分の賃金相当額」、能力不足や会社の経営難など正当な理由がある場合は「勤続1年につき20日分の賃金相当額」とされており、解雇によって労働者が被る不利益は定式化された金銭によって解消されます。

これをわかりやすくいうと、会社は労働者の能力の欠如や能力の不適合など個人的な理由はもちろん、3四半期連続で業績が悪化しているというような経営上の事情でレイオフを行なうことも可能です。事前型補償金というのは、こうした解雇の通知とともに(事前に)支払うもので、最大で1年分の賃金相当額となります。

※大内伸哉・川口大司『解雇規制を問い直す』(有斐閣)

スペインでは解雇に正当な理由はいらない

こうした解雇を不当として労働者が訴訟を起こす場合も当然あるでしょう。解雇が不当とされた場合、会社は判決から5日以内に、労働者を現職復帰させるか、不当解雇補償金を支払って労働契約を終了させるかを選択します。これが事後型補償金で、その額は原則として事前型の1.5倍とされています。

スペインの解雇法制の特徴は、差別などの無効事由に当たらないかぎり、会社は不当解雇補償金さえ支払えば、正当な理由がなくても(裁判で解雇が不当とされても)解雇できることです。

日本的な感覚では理不尽きわまりないと思うかもしれませんが、曖昧さが残るドイツなどの解雇法制より、金銭解雇のルールを法律で明確にしたスペイン型がEU諸国では主流になりつつあるといいます。なお、金銭解雇を法制化したことで、現在のスペインでは定年制は廃止されています。