スティーブ・ジョブズが1976年に創業したアップルは、創業50周年を迎えた今も成長を続けている。2011年にカリスマ創業者の後を継いだティム・クックCEOについて、海外メディアは世界で最も成功した事業承継を成し遂げたと報じている。その鍵は「ジョブズのマネをしない」というジョブズ自身の遺言にあった――。
2026年3月13日、アップル創立50周年記念キックオフイベントで、ティム・クックが出席者たちに手を振っている
2026年3月13日、アップル創立50周年記念キックオフイベントで、ティム・クックが出席者たちに手を振っている(写真=Tessa Bury/CC BY 4.0/Wikimedia Commons

アップルCEOが「銀座店」に駆けつけたワケ

2025年9月、東京。リニューアルで装い新たになった直営店「アップル銀座」の開店カウントダウンが終わると、ティム・クックCEOがハイタッチをしながら姿を現した。

足元には見慣れないスニーカー。岩手県大槌町の女性職人集団が、伝統的な「刺し子」の技法で一針一針縫い上げた一点ものだ。当時の様子を伝える米ビジネス誌のフォーチュンによると、ナイキのハイエンド・ランニングシューズ「ボメロ プラス」をベースにしたものだという。細かな青いパッチワークの上を白い糸が走り、控えめな赤がアクセントを添える。

アップル銀座は2003年、アメリカ国外初となるアップル直営店「アップルストア銀座」として開業した。そして昨年、全面リニューアルを遂げた同店の再出発の舞台に、クックは日本の伝統工芸が施されたシューズを纏って立った。日本との絆を重視するメッセージが伝わる。

銀座を含め、一連の「アップルストア」を世界展開したのは、他でもない前任CEOのスティーブ・ジョブズだった。まだ小難しいイメージの強かったコンピューター用品を、洗練された直販店で展示販売するスタイルは、当時としてめずらしかった。禅仏教に傾倒したジョブズは、その美意識をアップル製品やストアのミニマルなデザインに落とし込んだと、米アップル専門ニュースサイトのアップルインサイダーは伝える。こうして「オタク」のイメージが強かったアイテムは、今やファッションアイコンへと昇華した。

ジョブズの日本愛が生んだ「怪料理」

仕事を離れれば、ジョブズは日本の京都に何度も足を運んだという。普段はヴィーガン食を実践しながらも、寿司や蕎麦を愛し、アップルの社員食堂「カフェ・マック」のシェフをわざわざ築地のそばアカデミーに派遣して蕎麦打ちを学ばせたほどだ。ついには蕎麦に生魚をのせた「刺身そば」を自ら考案したと、アップルインサイダーは伝える。

同じ日本を愛した二人だが、経営スタイルはまるで違う。ジョブズは「現実歪曲空間」を持つとも言われるカリスマ創業者で、無理難題を開発チームに課しては、独特のスピーチで実現可能だと信じ込ませる力があった。ジョブズ在任中の2011年8月10日には米株式市場の終値で石油大手の米エクソンモービルを上回り、時価総額世界一の企業になっている。

一方、2011年にジョブズが世を去り、クックが静かにCEOの座を引き継ぐと、アップルCEOをめぐるドラマチックな逸話は鳴りを潜める。クックは魔法の言葉ではなく、緻密な方法論でアップルの時価総額をさらに伸ばした。アップルは2011年以降、2024年にAI向けなどチップ製造のエヌビディアに抜かれるまで、14年間の大部分において時価総額世界一の座をキープしていた。その「世界一の企業」を率いるクックCEOの知られざる素顔の一端が、朝4時前から始まるメールでの指示出しだ。