ジョブズから怒鳴られた“肝臓事件”
書籍『Becoming Steve Jobs(Becoming Steve Jobs ビジョナリーへの成長物語)』の抜粋を掲載した米ビジネス誌のファスト・カンパニーは、クックがジョブズを案じ、まず自ら血液検査を受けたと伝える。奇跡的に両者とも、同じ稀な血液型だと判明した。
クックはそのまま、ドナーが肝臓の一部を提供する「生体部分肝移植」に必要な検査をすべて済ませ、病院で入手したレポートを手に、シリコンバレー・パロアルトのジョブズ宅へ駆けつけた。肝臓の一部を提供したい、と申し出たのだ。ところがクックは、「言葉が出るか出ないかのうちに、一刀両断にされた」と振り返る。ジョブズは、「ノーだ。絶対にそんなことはさせない。絶対にしない」と言い切った。
迷いもなく拒絶されたからこそ、クックはジョブズの人間性を見た。「死が目前に迫っている人間に、健康な人間が生き残る方法を差し出したのです。それでも彼は、考慮に入れようともしなかった」
検査は済んでいる、リスクはないと食い下がっても、ジョブズは動じなかった。「『本気なのか?』とも、『考えてみる』とも言いませんでした。ベッドからがばっと起き上がって、『ノー、やらない!』と言い放ったのです」
13年間の付き合いでジョブズに怒鳴られたのは、この時を含めた4、5回だけだったと、クックは明かしている。
ジョブズの模倣は絶対にしない
世を去ったジョブズは、クックにひとつの指針を残していた。「俺ならどうするかと考えるな。正しいことをやれ」
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、ジョブズがクックを後継に指名したのは、同氏の部門が「問題なくスムーズに機能し、チームワークを重視していた」からだったという。クックはアップルらしい斬新なコンセプトを着想する人物ではなく、現状の業務をスムーズに回す「運営屋」だ。「プロダクトの人間ではない」とジョブズみずから評した人物を、あえて後継に据えたのだ。
ジョブズは生前、工業デザインの巨匠ジョナサン・アイブ率いる社内のデザインチーム「ID」のスタジオに毎日通い詰めた。しかし、クックはほとんどデザインの現場に足を運ばない。
デザイン重視のアップルにあって異質にも思えるが、このスタイルもあえてなのだろう。2017年、母校アラバマ州オーバーン大学の壇上でクックはこう振り返っている。「彼(ジョブズ)を模倣しようとしないことが必要だとわかっていた。真似しようとすれば、惨めに失敗するだけだ。自分自身の道を切り開き、最高の自分にならなければならない」
ジョブズの言葉に忠実なクックだからこそ、模倣をやめた。だが、根底に流れる精神は同じだ。かつてアップルの研究開発(R&D)部門で4年間、人事を担ったクリス・ディーバー氏は、「アップルにとっては、漸進的な(順を追って徐々に起きる)進化こそが、革命なのです」と語る。
「最高の自分であれ」を追求したから成功できた
すでに存在するものを軸に少しの魔法を加えるやり方は、CEOが交代した今も変わっていない。
使いにくい小さな物理キーボードを搭載したスマートフォン「ブラックベリー」が覇権を握っていた市場に、後発で乗り込んだiPhoneはタッチスクリーンを武器に攻め込み大成功を収めた。遡れば、コンピューターといえばコマンドの暗記が必須だった時代、80年代に産声を上げた直観的に使えるパソコン「マッキントッシュ(現Macシリーズ)」も同じだ。ジョブズが築いた方程式に則り、クックは最高の製品作りを続ける。
自ら課した「最高の自分であれ」との哲学を、クックはひとりの人間としても貫いた。2014年、iPhone 6の売り上げが好調で会社が安定していた時期を見計らい、幹部一人ひとりと面談して自身が同性愛者であることを打ち明けた上で、世間に対しても公表に踏み切った。良心に従いつつ、冷静に時機を見極め行動に移す。周囲はこの決断を、「クックらしさの真骨頂」と評している。
カリスマ創業者から事業を継いだ例では一般に、後継者が前任者の模倣に走って失敗するケースが後を絶たない。クックは「最高の自分であれ」を追求したからこそ、同じ轍は踏まなかった。ウォール・ストリート・ジャーナルは2020年、同氏が継いだアップルを、「史上最も収益性の高い事業承継の一つ」と評している。

