承継の成功と、ささやかれる停滞
実際、クック率いるアップルは、数字の上で圧倒的な成果を生み出している。
ウォール・ストリート・ジャーナルが2020年に報じた時点で、アップルの時価総額はクックが就任した2011年時点の3480億ドル(現在のレートで約52兆2000億円)から1兆9000億ドル(同約285兆円)へと5倍超に膨らんだ。売上高も利益も2倍以上に伸びている。
4月20日現在、時価総額はさらに上昇し、約3兆9700億ドル(同約630兆円)を記録。AIチップメーカーであるエヌビディア(NVIDIA)に次いで世界2位の座を占め、3位マイクロソフトを凌ぐ。
新体制の下、不安要素も皆無ではない。クックはジョブズが好んだ創造的な挑戦を避け、iPhoneを核としたエコシステムを着実に拡張しようと取り組んできた。
結果、スマートスピーカーのHomePodは、競合に約2年出遅れた。AIアシスタントの「Siri」にも進化の遅れが指摘される。元アップルのソフトウエアエンジニアのジョン・バーキー氏は、アップル・パークには「停滞と段階主義が蔓延している」と批判する。
クックの指揮の下、満を持して投入したARデバイス「Vision Pro」の売れ行きも芳しくないようだ。アップルは販売数を公表していないが、英フィナンシャル・タイムズ紙は市場調査会社IDCの推算を取りあげ、2025年第4四半期に全世界で4万5000台にとどまったと報じた。
残されたものから、新しいもの創り出す
それでも市場調査会社大手のカウンターポイントによると、iPhoneは2025年通年でスマートフォンシェアの20%を握り、前年比10%増を記録。世界で2億4740万台を出荷したとIDCは推計している。
クックはiPhoneを中核とした事業モデルを発展させることで、すでにアップルが牙城とするエコシステムを着実に広げている。
クックが銀座で履いていたスニーカーを縫い上げた職人たちには、特別な来歴がある。
40〜80代の女性15人からなる彼女らは、共同制作集団「刺し子ギャルズ」を名乗る。2011年の東日本大震災のあと、被災地から生まれた復興プロジェクトだ。用いるのは「刺し子」と呼ばれる日本の伝統技法。傷んだ布地を捨てずに一針一針縫い重ね、補修と同時に装飾を施していく。
フォーチュンによれば、彼女たちは1足におよそ30時間を費やし、量産品のスニーカーを唯一無二の作品に仕上げる。壊れたものを繕い、残されたものから新たな価値を引き出す。彼女たちがその営みを始めた2011年、太平洋の向こうではジョブズが世を去り、クックがアップルの再建を引き継いだ。
ジョブズもまた、この世に残すべきものを、次の受け手へと静かに託していた。晩年には、長年通い続けたシリコンバレーの寿司・懐石料理店「桂月」に親しい友人や家族を連れ、一人ひとりに別れを告げていたという。桂月の閉店を知ると、マネージャー兼シェフの佐久間俊雄氏をアップルに迎え入れるよう手配したと、アップルインサイダーが伝えている。ジョブズの死後、佐久間氏はアップルの社員食堂で、ジョブズが愛した料理を出し始めた。創業者が自ら興した会社の社員に遺した、最後の贈り物だった。
残されたものから何を創り出すか。クックはアップルを率いた15年間、その問いに向き合い続けた。ジョブズが遺した「俺ならどうするかと考えるな」の言葉を胸に、世界が期待する新作のあるべき姿について、今日も朝3時45分から思案をめぐらせる。


