「働けど働けどなお我が生活くらし楽にならざり」。昇給に物価高が追いつかないと言われるが、問題はそれだけではない。私たちの手取りが増えない構造的問題を、経済産業省の元政策担当者である岸博幸氏と、作家の橘玲氏が解き明かす。

昨年の春闘は、平均賃上げ率が5.25%と、34年ぶりの高水準を記録した。しかし、景気のいい報道とは裏腹に「給料が増えた実感がない」と肩を落としていた読者も多いのではないか。

物価高が続き、実質賃金が目減りする中、昇給の効果を感じられないのは致し方ないことのようにも思われる。

だが、それで納得するのは早計だ。給与明細を眺めてみれば一目瞭然。私たちの手取りからは、昇給分の実に半分近くがごっそりと消えている。

その元凶こそ、毎月否応なしに天引きされる「社会保険料(健康保険・厚生年金)」だ。額面だけなら所得税のインパクトのほうが大きいが、「社会保険料の背景には、会社員を食い物にしようとする非情な企みがある」と警鐘を鳴らすのは作家の橘玲氏。そこでは貧乏な会社員が日本の脆弱な社会保障システムに寄生され、金持ちの高齢者ばかりが得をする構造があるという。

折しも2026年の衆議院選挙では、スタート時こそ「消費減税競争」の様相を呈していたが、中盤にさしかかるにつれ、「社会保険料の引き下げ」が主要な争点として浮上。現役世代1人あたり年間6万円の軽減を掲げる勢力や、還付制度の創設を訴える動きなど、ようやく「手取りを増やすには社会保険料に切り込むしかない」という認識が政治の表舞台に現れてきた。

しかし、現実はそう簡単にはいきそうにない。「社会保険料は、税金と違って国会審議を経なくても上げられる、官僚にとっての打ち出の小槌。この既得権益の壁は厚い」と、経済評論家の岸博幸氏は話す。本記事では、日本という国が設計した「手取りを削る装置」の正体を探っていこう。

社会保険料
給与明細を見るだけでは絶対に気づかない!
官僚が勝手に決められる「ステルス値上げ」の構造

経済評論家・岸博幸氏
岸博幸(きし・ひろゆき)1962年生まれ。経済評論家。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。現在、エイベックス顧問のほか、総合格闘技団体RIZINのアドバイザーも務める。
「103万円の壁」の撤廃による基礎控除の引き上げに、消費税廃止の議論。目を引く「減税ブーム」の陰で、社会保険料の負担は見過ごされてきた。そこには私たちが直視すべき「異常な現実」があると、岸氏は指摘する。

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まずは、日本がいかに歪んだ状況にあるか、その実態を具体的なデータで確認してみましょう。OECD諸国のデータを見れば一目瞭然ですが、日本の世帯負担における社会保険料への依存度は先進国で突出して高く(図表1)、逆に所得税への依存度は極めて低い。この極端な構造こそが、現役世代の首を絞め続けている要因と言えます。

【図表】社会保険料への依存度の高い日本(税・社会保険料収入に占める比率)
図表1

例えば年収300万円程度の世帯では、収入額に占める所得税と住民税の負担は5%にすぎませんが、企業負担分も含めた会社員の実質的な社会保険料負担は30%にもなります。これを放置したままでは、所得税減税をいくらやっても焼け石に水でしかありません。

「増税」には敏感な人々も、社会保険料が継続的に引き上げられてきたことには無頓着な面があります。給料がほぼ横ばいだったこの20年間、社会保険料はずっと上がり続けました(図表2)。