ルイ・ヴィトンのバッグにユニクロを合わせる若者たちがいる。バブル世代が「ちぐはぐ」と一蹴するそのスタイルは、今や新しい「知性の象徴」だ。富裕層マーケティングを長く手掛ける西田理一郎さんが、シン富裕層の正体へ迫るための「大人の作法」を解き明かす――。
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「高いからかっこいい」はダサい

ユニクロのTシャツにルイ・ヴィトンのバッグ。ZARAのジャケットにディオールのスニーカー。ハイブランドをまとうZ世代――いわゆるシン富裕層にとって、この組み合わせに何の矛盾もない。むしろ、「組み合わせの妙」にこそセンスが問われると考えている。

「いつか成功したら買う」という発想を、彼らは持たない。ハイブランドとは自己表現の一部であり、「今、私が主役である」ことを証明する道具だ。だから単に高価なだけではダメなのだ。彼らは値札の先にある物語を求める。そして、その物語を語れないブランド消費を、彼らは静かに軽蔑している。

ブルネロ・クチネリのカシミアTシャツは10万円前後する。「10万円のTシャツを着ている自分」が欲しくて買う人がいる。高いモノを持っていれば自慢になる。高ければ間違いないはずだ――。この思想自体、もう古い。

ブルネロ・クチネリ
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シン富裕層は「値札とブランド名」では選ばない

なぜか。「クチネリだから」という理由で選んでいる時点で、その人が買っているのはカシミアの品質でも職人の手仕事でもなく、値札とブランド名だからである。バブル時代にハンティングワールドを肩にかけた大学生と、構造はまったく同じだ。高価であること自体がステータスになり、中身は問わない。売る側にとって、これほど扱いやすい客はいない。

シン富裕層の感覚は違う。彼らがクチネリに惹かれるとき、その理由は「高いから」ではない。「なぜ高いのか」を知ったからだ。イタリア・ウンブリア州ソロメオ村で、業界最高水準の待遇を保障された職人たちがカシミアを紡いでいること。原毛の選別に込められた哲学。利益だけでなく人間の尊厳を守る経営思想。その物語を知った上で「だから選ぶ」と言える人と、「クチネリだから」で止まる人の間には、決定的な差がある。

同じ10万円を払っていても、前者は「選んでいる」。後者は「選ばされている」。