夫は「家に帰りたい」とはっきり訴えるようになった

7年7カ月の闘病生活——その間にA病院に緊急入院したことが5回あった。最後の入院は、亡くなる前年、2019年11月のこと。

突然夫に高熱が出たのだ。妻が慌てて担当医に電話して状況を説明すると、「病院まで連れてきてもらえないか」と言われた。タクシーでA病院に向かう。夫の血圧が低下し、危険な状態で即入院。だが本人は入院の部屋に連れていかれながらも、「うちに帰りたい。帰る。大丈夫」とうわごとのように繰り返していたという。

1カ月程度の入院で状態が落ち着くと、夫は再び「家に帰りたい」とはっきり訴えるようになった。

11月の終わり、妻がお見舞いにいくと、夫の部屋に医師や婦長をはじめ看護師が10人近く勢揃いしていたという。そして、

「もう最後かもしれませんから、おうちで看取ったらどうでしょうか」

と提案されたのだった。夫も、「俺も死ぬなら家で死にたい」という。しかし妻は「自信がありません。できません」と答えた。

「これまでの介護で精神的にも肉体的にも限界なんです」

すると、娘が「かわいそうじゃない。こんなに家に帰りたいと言っているのに」と、妻に向かって言った。妻も負けずに言い返す。

「それならあなたは、仕事を休めるの? いつも出張になると10日から数カ月も留守にするのに……。仕事を休んで一緒に介護をしてくれるなら家に連れて帰ってもいいわよ」
「仕事は休めない。出張もやめることはできない。それなら私がデイサービスで預かってくれる施設を探します。私がいない間はパパをそこに預ければいいんでしょ」
「病人をそんなに簡単に動かせるわけがないでしょう。それに、いくら人を使っても無理よ」

終わらない言い争いに、担当医が「奥さん、隣の部屋で話しましょう」と割って入った。場所を移動して妻と二人きりになると、担当医がこう言った。

「ご主人は今までよくがんばってきました。ですが、さまざまな検査から判断し、もう生存できる可能性はありません。ご本人は『家に帰りたい』と泣きながら私に言いました。どうかお正月を家で迎えさせてあげてくれませんか。もうお正月までさえ、もつかわからない状態ですが……」

妻も譲れない。「でも先生、私もこれまでの介護で精神的にも肉体的にも限界なんです」と訴える。

「腰も痛い背中も痛い、夜中に主人に何度も呼ばれるから睡眠不足。娘は仕事優先で手伝ってくれません。主人のことはもちろん大切ですが、私が倒れたらアウトなんです。もう無理です。何と言われようと無理なんです」