日本人の多くは「家で死にたい」と考えている。しかし、それは簡単ではない。病院であれば症状にあわせた医療を受けられるが、家では酸素吸入を受けるのも一苦労だ。在宅死には、一体どんな良さがあるのか。在宅死のサポートにまわるため、病院勤務をやめたという看護師とケアマネージャーの2人に、私は話を聞くことにした――。(第7回)

病院では「1分1秒でも長く生かす」が最優先

「長年、医療とは“長く生かすこと”が目的だったんです」

ケアマネージャーの吉野清美さん
ケアマネージャーの吉野清美さん

ケアマネージャーの吉野清美さん(54)がそう指摘する。吉野さんは20代の頃に看護師として病院で勤務していたが、そんな現場がいやでたまらなかったという。

「私は看護師として、消化器内科の配属でした。そこはがん患者の人が多く、20年以上前のことですから、当時は助からない人が少なくありませんでした。患者さんたちは吐血したり、下血したり治療に苦しんでいて……家に帰りたいと言っていました。もう助からないと思われる人に対して心臓マッサージを何十分も行い、家族がそれを見て『止めてください』と叫ぶケースも。壮絶な最期を目にしました」

だから当時から吉野さんは「患者さんを家に帰す仕事がしたい」と思っていたという。

私も40年前に母を、20年前に母がわりに自分を育ててくれた祖母をがんで亡くし、またさまざまな角度から医療の現場を取材してきた経験から、たしかに医療とは「病気を治す」「1分1秒でも長く生かす」ことが最優先であったと思う。「生きる」が勝者で、「治らない=死」とはある種“敗北”と捉えられていたと感じる。治療が優先されるがゆえ、「痛みを和らげる緩和ケア」や「最後の過ごし方」については長い間、おざなりにされてきた面があるかもしれない。

ケアマネージャーの吉野清美さん。移動にはバイクを利用している。
ケアマネージャーの吉野清美さん。移動にはバイクを利用している。

「俺はもう長くない」と言われて、励ますしかない

看護師の宮本直子さん(51)もおよそ30年前、病院勤務をしていた頃は「医療従事者は“命を救う”姿勢であることが尊ばれていた」と、振り返る。

看護師の宮本直子さん
看護師の宮本直子さん

「だから患者さんが『俺はもうそんなに長くないかなあ』といえば、『なに言っているんですか、そんなことないですよ』と返すのが通例だったんです。でも私はその対応に疑問を感じていました。それは単に“はぐらかしている”だけじゃないかって。死について患者さんともっと気軽に話せたらいいのにと思いました。

そんな時、胃がんを患う高齢の女性が入院してきたんです。私は中学を卒業して医療機関で働きながら看護学校に通って准看護師の資格を取得し、その後に高校に進学して卒業、結婚出産を経て今度は正看護師を取得するための看護学校に通ったのですが、その女性とは子供を抱えて看護学生をしていた頃に出会いました。私をとってもかわいがってくれたんです」

しばらくしてその高齢の女性患者は、身の回りの世話を宮本さんにだけお願いするようになった。「私が練習台になるから、いくらでも失敗していいんだよ」と、優しい言葉もかけてくれたという。