「在宅、地獄でした」。訪問看護師の宮本直子さんは、ある患者の家族からそんな言葉を投げつけられた。患者はその翌日、亡くなった。在宅での看取りでは、患者本人は最期まで好きなものを食べられて、好きなように過ごせる。しかし、すべての人が理想的な死を迎えられるわけではない――。(第10回)

1時間半後、ようやく訪問医が到着したのだが…

60代で乳がんを患った女性は、悩んだうえで、在宅医療を受けることを選択した。家族も悩んだが、本人の意思を尊重して、家で看取ることにしたという。

そしていよいよ死が迫った時、本人が痛みに苦しみ、呼吸もおかしくなったため、家族から訪問看護師の宮本直子さんのもとに連絡が入った。宮本さんはすぐに患者宅に駆けつけ、同時にその家の訪問診療を請け負っていた医師に連絡をした。しかし、その訪問医は電話越しにふんふんと、適当なあいづちをうっていたという。

看護師の宮本直子さん
看護師の宮本直子さん

「先生、もちろん来てくださいますよね?」

宮本さんは強い口調でそう言った。すぐそばで死に際の女性患者がうんうん唸っているのだ。

それから1時間半後、ようやく訪問医が到着し、家族に対してこう言った。

「これから麻薬(痛み止め)を使います。これを座薬で入れると、意識がなくなってそのまま呼吸が止まってしまうかもしれません。みなさんを集めてください」

家族が揃い、全員の同意を得て、医師はその麻薬を患者に投入した。そしてしばらくして患者宅を後にしてしまう。

「今、在宅で診るなどという状況ではありません」

しかし、医師が出ていって、1時間経っても痛みがおさまらない。宮本さんが訪問医に連絡するものの、電話に出ない。家族は「(患者の)意識がなくなってしまう」という恐怖とともに、痛みにのたうちまわる女性を泣きながら見ている。訪問医に何度も電話をかけた。ようやくつながって、「痛みがおさまらないんですが」と、宮本さんが訴える。

しかし医師は「薬を増やすしかないでしょうね」と言うだけだった。

今、ここに手持ちの薬がないのに、どうやって「薬を増やす」のか。その訪問医は再びここへ来ようとしない。宮本さんは腹が立ってたまらず、「もういいです!」と電話を切った。

宮本さんは当時所属していた訪問看護ステーションの所長に相談の上、近隣病院の緩和ケア病棟に連絡して「患者を受け入れてもらえないか」と相談したという。事情を話すと、病院側は受け入れを了承したものの、「医師の指示が必要」とのこと。

宮本さんは今度は訪問医がいる医院に連絡をかけた。事務員が電話応対をする。いくら説明しても、「あのお宅は在宅で診るということですので……」と言われるばかり。朝、患者宅を訪れて、時刻は14時をまわっていた。

「今、在宅で診るなどという状況ではありません」と、宮本さんは怒りに震える声で言った。

「聞こえませんか。背後で患者さんがずっとうなっているの、聞こえませんか。この方を緩和ケア病棟に入れさせていただきます。先生にそうお伝えください」