2022年3月、長年在宅看取りを担う千場純医師(まちの診療所つるがおか)の訪問診療に同行した。がんや認知症などの疾患を抱えながら、家で過ごす方たちを取材したいと私(笹井恵里子)からお願いしたのだ。前回は「妻を介護する孤独な夫」を紹介した。今回は「妻の体調に興味を示さない夫」である。千場医師は「典型的な昭和のサラリーマン夫婦」と説明する――。(第12回)
「まちの診療所つるがおか」の外観
撮影=笹井恵里子
「まちの診療所つるがおか」の外観

「本人が認識しているよりずっと悪い病態」

ピンク色のカーディガンと頬紅がよく似合う、かわいらしい雰囲気の高齢女性が玄関まで出迎えてくれた。

肺をはじめさまざまな疾患を抱えているというが、ぱっと見はそれほど状態が悪いようには見えない。しかし事前に千場純医師から「本人が認識しているよりずっと悪く、呼吸不全も起き得る病態」だと聞いていた。もともと複数の疾患を抱える上、一時期は気胸(何らかの原因で肺から空気が漏れ、肺がつぶれてしまう病気)も患って緊急入院をしたが、今は退院し、再び家で暮らせているという。今日は3回目の訪問診療だった。

「痛いところはないですか?」と、千場医師が尋ねると

「ないけど、時々息が苦しくはあるようです」と、看護師に血圧を測られている女性の代わりに、その夫が応えた。どこかひとごとの口調だ。

「時々をどうやったら抑えられるか。できるだけ苦しいことがないほうがいいもんね」

千場医師が女性に向かって言うと、

「そうね、それで機器(在宅酸素)を、入れて、もらってね」

と、途切れ途切れに女性が応える。やはり息が苦しいのだ。

自宅で酸素供給機器を使用する「在宅酸素療法」

室内には酸素供給機器が置いてある。例えばCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者は、肺の機能が著しく低下することにより、血液中の酸素が不足し、「呼吸不全」になることがある。そのため病院以外の場所で酸素供給機器を使用する「在宅酸素療法」を行う。呼吸が改善し、心臓の負担が軽くなるので、入院回数も減らすことができる。

「動く15分前に使ってもらうといい。たとえばトイレ行く時とか、階段をのぼる時などはその動作の前に酸素を吸ってから行ったほうがいいでしょう」(千場医師)

その後、腹式呼吸の練習や、むくみのチェックが行われた。千場医師が「苦しい時はロウソクを吹き消すようにふーっとするといいですよ」とアドバイスをする。

「そうやって鍛えると(肺の状態が)変わるんですか?」

女性が尋ねた。千場医師は女性を見つめた。

「身長150センチは150センチのままだし、年齢も80歳の人が20歳になることはありません。その体は変わらないですが、今あるものを大事に使うということです。中古車と同じですよね。使えるように手入れして……」