2022年3月、長年在宅看取りを担う千場純医師(まちの診療所つるがおか)の訪問診療に同行した。がんや認知症などの疾患を抱えながら、家で過ごす方たちを取材したいと私(笹井恵里子)からお願いしたのだ。千場医師は「現代では高齢者の孤立が課題だから、ぜひその現場を見てほしい」と話す。そこで妻を介護する3人の夫に出会い、“三者三様の孤独”を感じた。このうち1人目の男性は、突然在宅介護が始まったばかりで、部屋の状況も、本人の精神状態もひどいありさまだった――。(第11回)
起き上がって猫を抱く妻とその横に立つ夫。突然、在宅介護を余儀なくされたという。
撮影=千場純医師
起き上がって猫を抱く妻とその横に立つ夫。突然、在宅介護を余儀なくされたという。

リビングらしき場所の中央で、女性が横たわっていた

この家には今年2月から関わり、今日で「4回目の訪問診療」という。

妻は他院の整形外科や内科に通っていたが、昨年の終わり頃から次第に起き上がれなくなった。定期的に外来に通うことが難しいと判断され、千場医師のもとに訪問診療の紹介があったのだ。認知症やうつ病といった精神疾患が隠れているのではないかとみられ、専門病院で検査を進めると同時に、千場医師が自宅まで診療に通うことになった。

「ゴミ屋敷の一歩手前」と聞いていたが、たしかに室内に一歩入ると、すえた臭いが漂っていた。そこらじゅうに物が散乱している。

リビングらしき場所の中央にベッドが一つ置かれ、そこに高齢の女性が目をつぶって横たわっている。顔をしかめていて苦しそうだ。

「元気でしたか? ……具合悪い?」

千場純医師がベッドの脇に立ち、女性の顔をのぞきこむ。その日、同行していた看護師も「こんにちはー」と和やかに話しかける。

妻を心配しているというより、夫は苛立っていた

女性は何も言わない。年は80歳前後という。ベッドの真上にある蛍光灯が女性の顔を照らすが、茶色がかっていて、しわが深く刻まれている。手も足もガリガリだった。枕元には、菓子袋やペットボトル、パック詰めされた総菜が食べかけの状態で置かれていて、衛生的とはいえない環境だった。

「昨日の午後までは良かったんですけど、夕方からまたパタッと食べなくなって……」

私たちを出迎えた夫が答える。夫はややふっくらした体形で、妻と同じく80歳前後と聞いたが、見た目は70代前半くらいに見える。足取りもしっかりしていた。

「最近、食べない?」

千場医師が再び聞く。

「いや、食べるようになりました。昨日まではレトルトのおかゆを1パック食べたのね。いい調子だと思っていたんですけど、昨日の夕方からまた調子が悪くなって……急に体調が変わるから」

妻を“心配”しているというより、夫は“苛立って”いた。千場医師が「こういうのは昔から?」と尋ねると、「『こういうこと』ってどういうことですか?」と強い口調で詰め寄る。「こういうこと=体調に波があること」と理解すると、「今年に入ってからですよ」と投げやりにつぶやいた。“もう勘弁してくれ”という感じだ。