「訪問診療の当初の目的は、風を入れること」

「あの旦那さん、最初は僕たちを全く受け入れようとしなかったんですよ。入ってほしくないという、攻撃的な姿勢が強かった。あれでもだいぶ和らいだほうですよ。僕たちは今日を除く3回の訪問診療で、医療、看護、ヘルパーさんによる介護、ケアマネジャーなどの必要性を一つひとつ説明して、何が急ぎで、何が急ぎでないかという交通整理をしてきました。旦那さんは奥さんの介護に疲れきっていますから、これから病名を診断し、双方の意見を聞いて、いったん施設に入るか、このまま家で過ごすか、結論を出していくところです」

イギリスの研究によると、「患者が医師との信頼関係を築くのには、はじめて会ってから少なくとも7~8回を要する」という(図表1)。だから2週に一度、訪問診療を行うとして、およそ3カ月をめどに方向性を決めていく、と千場医師。

「まちの診療所つるがおか」の千場純医師
「まちの診療所つるがおか」の千場純医師(撮影=笹井恵里子)

「訪問診療の当初の目的は、風を入れること。つまり、それまで窓は閉め切られている。僕たちの仕事は風通しをよくするための役割です。風通しが良くなれば、生活環境が整ったり、心理的にも落ちついたり。医療が一番入りやすいんです。介護保険を使用する場合は、本人と家族との契約になりますから、人によっては出費を抑えようとします。財産のある家であれば、受けるサービス回数を減らすことで、患者さんの遺産をできるだけ減らさないようにする人もいるのです」

風を入れ、交通整理を行う。“交通”とは生活環境と社会的背景のことだ。

特に日本の男性高齢者は、定年後に仕事以外の人脈がなく、愚痴を吐き出せる場もないため、孤立する人が多い。そして、「これからどうなっていくのか」という恐れや不安から、医療従事者にも攻撃的になってしまう。

だから医療や介護の問題以前に、訪問診療という形で第三者が「家に入る」意味は大きい。千場医師の言葉通り、息が詰まるような密室に風が入るのだ。これにより少なくとも「ゴミ屋敷」「孤独死」「介護殺人」といった最悪の事態は避けられる可能性が高くなる。(続く。第12回は4月6日11時公開予定)

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