「料理、掃除、洗濯、買い物などは全く苦になりません」
その家では、80代の夫が笑顔で出迎えてくれた。
千場医師、看護師、私の3人が室内に入ると、夫がすぐに急須でお茶を入れ、テーブルの上に置く。その後も台所で食事の準備をしながら、最近の妻の様子を報告する。
「3食とも作られているんですか?」
私は前回に続き、またも食事について質問してみた。手もとを見つめていた夫は顔を上げ
「時々出来合いのものを買いますよ。……あ、3食担当か? という意味では3食担当ですね」
にっこりと笑う。
「けっこうおいしいんですよ」
そう言う妻も朗らかに笑い、私も気持ちが温まる。妻はリウマチで指が思うように動かず、料理ができないという。夫は「私はガキの頃から……そうですね、小学生の時から、家庭の事情で台所に入っていたんですよ。ですから料理、掃除、洗濯、買い物などは全く苦になりません」とさらりと言う。
話を聞いているうちに、違和感をおぼえるようになった
私が驚きの声を上げると、「いやいや、テレビに出てくる材料や何グラムなんてのもわからないし、いい加減な料理ですよ」と顔の前で手を横に振った。
「高血圧と頭の悪いのは治りませんけどね。家事くらいなら」
“昔の人”にしては珍しい。常にニコニコしているし、なんていい夫だろうと思っていたが、診察の話を聞いているうちに次第に違和感をおぼえるようになった。
たとえば千場医師が妻に対して「体重はどうですか」と話しかけた時のこと。
妻はほほ笑み、「増えていると思います」「けっこう食欲があります」と、一言ずつゆっくり噛みしめるように話す。
そこで夫が口をはさみ「食欲は平常の状態に戻ったなあと思いますね」と言う。
千場医師は再び妻に向かって、
「これまでいろいろな疾患で大変でしたが、今はむくみもないし、状態が落ち着いています。以前お描きになっていた絵をまた始めてもいいんじゃないですか。芸術的センスがある方だから」
その提案を夫が遮るのだ。