経営改善の取り組みは、時として現場の労働環境を悪化させることがある。労働問題に取り組むNPO法人POSSEの坂倉昇平さんは「ある介護施設では、赤字経営を立て直すために就任した支配人の業務改革をきっかけに、過酷な長時間労働や陰湿な職場いじめが始まった」という――。

※本稿は、坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

介護施設の廊下
写真=iStock.com/Heiko Küverling
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赤字経営のサ高住改革を拝命した新支配人

60代のHさんは、サービス付き高齢者住宅で働き始めて2年目の嘱託介護士だ。この施設は、首都圏に約20施設を展開する医療法人が運営し、約100人の高齢者が居住している。デイサービスや定期巡回、訪問介護なども行われる大規模な施設だ。Hさんは、週5日、一日8時間のフルタイムで、日中の勤務と泊まりがけの深夜勤務のシフトを、両方担当しながら働いていた。

この年、それまで年間数百万円の赤字を出していた経営を立て直すべく、新たな支配人(施設長)が就任した。新支配人は、黒字に転換すべく、様々な改革を断行することになる。しかし、それは、Hさんたちに対するいじめの始まりだった。

いじめの「助走」となる、施設の「改革」から説明していこう。

支配人が、まず手をつけたのは介護備品の「節約」だった。介護の必需品である手袋やマスクは、それまで施設の経費で購入し、職員は自由に使えていた。しかし、それが一日1枚に制限され、手袋の種類も薄い安価なものに変更された。職員は、排泄介助や掃除をした後も同じものを使い回すか、自腹で購入したものを使うしかなくなった。Hさんは、仕方なく自分で買い足して使用した。

入浴を週1に制限、食事代は水増し請求

しばらくすると、手袋やマスクの支給自体がなくなってしまった。なんと、必要になったときに、入居者に購入させる仕組みになったのだ。手袋が必要になると、入居者に「買ってください」と頼ませ、その分は入居者に負担させるのだ。これで手袋、マスク代のカットに「成功」した。

次に、週2回とただでさえ少なかった入浴を、認知症や会話のできない入居者は週1回に制限した。

入居者の食事代の水増しも横行しており、実際の食費より高い食事代が徴収されていた入居者が何名もいたことが発覚した。差額が3万円にのぼる入居者もいた。気づいた入居者が支配人に問いただすと、「私は知らない。計算を間違えたのはこの人」と副支配人に責任を押し付け、開き直った。

さらに、1年以上入院していて、施設にいなかった入居者の食事代まで引き落とされていた。部屋に残していた羽毛布団などの高価な私物は、なぜか紛失していた。