女性は「サイダーが飲みたい」と私に言った
やがて患者の死が近くなり、痛みをコントロールをするため麻薬を使う段階になった。場合によってはそのまま亡くなってしまうこともある。
「すると、女性が『サイダーが飲みたいんだけど』と、私に言ったんです」(宮本さん)
「待っててね。すぐに買ってくるから!」
自分を慕って好いてくれる患者の頼みに、宮本さんは婦長に断らず、走りだした。売店でサイダーを購入し、それを吸い飲みで女性に与えた時、「あの世にもサイダーはあるのかなあ?」と聞かれたという。
「私は『あるよー。あの世にはなんでもあるし自由になれるよ』と答えました。女性は『そうかな……。ありがとね』と言って、その後私が勤務を終える頃になると『体を拭いてほしい』と頼まれました。もちろんいつも通り拭きました。そして翌日、私は休日だったのですが、女性が亡くなったという連絡をうけたんです。昨日のおだやかな彼女の顔が目に浮かびました、その時、患者さんの死の恐怖や不安をはぐらかさずに『そう思っているんだね』といったん受け入れること、その上で患者さんからでてくる望みを叶える大切さを知ったんです」
病院では「それはやっちゃダメ」と制限されてしまう
その後、宮本さんは知人からの誘いで病院から介護老人保健福祉施設へ転職し、15年前からは訪問看護師として「患者が家で過ごすこと」をフォローしている。
以前の記事(本連載第5回)に記したが、訪問看護とは看護師が患者宅に訪問して、その患者の障害や病気に応じた看護を行うことだ。健康状態の悪化防止や回復に向けた措置のほか、訪問医の指示を受けて点滴・注射などの医療措置や痛みの軽減、服薬管理なども行う。
「患者さんは家で過ごすとリラックスできるので、痛みが和らぐと思います。人によっては半減するかもしれません。だってごはんは食べたい時に食べられる。入浴も、病院や施設では禁止されていたり、日時が決められていますが、自宅なら本人が入りたい希望があれば叶えられる。病院はやはり大勢の患者さんがいるため『時間の管理』が必要で、行動によるリスクが少しでもあると“それはやっちゃダメ”と制限されることが圧倒的に多いです」(宮本さん)