※本稿は、中田敦彦『幸福論 「しくじり」の哲学』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
王道ではなく、「もどき」で勝負
ぼくは物事を練り上げるのが好きだ。夢中になったことに対しては、周りを顧みずとことん打ち込んでしまう性分なのである。
NSC時代も、どんどんネタ見せをするにあたって、演じるネタがなくて困るということはなかった。NSCに入る前から書き溜めていたネタのストックがたくさんあったし、それを少しでも増やそうと努めていた。使っても使っても、つねに100本は未発表のものを手元に置いておこうと思い、実践していた。
ネタ見せの前には毎回、慎吾とふたりで「どれにする? こっちがいいか、あっちにするか」と相談するのが恒例だった。けれどここのところ、しゃべり倒す王道の漫才には行き詰まりを感じている。自分たちの強みにならないんじゃないかという疑問が湧いていた。
じゃあ、今度はこれでいこうよ。ネタ帳を見ながら慎吾が指し示したのは、これまでぼくらがやってきた漫才とは大きく異なるネタだった。
それは、「オレ、こんなにスゴイんだよ」と、ボケ担当のぼくが自分の強さや破天荒さを自慢していくというもの。
「チョキでグーに勝つ」
といったナンセンスな自慢を繰り出していくぼくに対して、ツッコミの慎吾は、
「スゴイな!」
と素直に認めつつ、「チョキのポテンシャルをそこまで引き出せるの?」などとスゴさの解釈を施して、笑いに変えていく。
このパターンをハイスピードで、いくつも勢いよく連ねていくのだ。
こんなのやったらどやされるかもしれないな……。ふたりともそう覚悟していた。これが漫才の王道でないのは明らかだ。邪道というか、漫才もどきというか、これまで見たことのないパターンだから、笑いをナメるな! と一喝されておしまいかもしれない。でも、これまでどおりのことをやっていても手詰まりだ。ぼくらは思い切ってネタ見せの場にこれを持ち込んだ。