よく噛んで食べるほうが、頭が良くなる。歯が残っているとボケにくい。そんな「おばあちゃんの知恵袋」のような話が、近年、科学的に実証されはじめている。

小野卓史・東京医科歯科大学大学院教授は、歯、舌の活動をはじめとする口の中の機能が、脳や全身の活動とどう関係するかについて研究。2018年には、歯科医学の国際雑誌「Journal of Dental Research」で、1年間に掲載された中で最も優れた論文に与えられる「IADR/AADR William J. Gies Award」を受賞した。口の中の動きや状態が脳にどのような影響を与えるのか。脳科学者の茂木健一郎氏が小野教授に訊ねた――。

歯がなくなったら、何をしたらいいか

【茂木】脳と口の中の関係という小野先生の研究は、脳科学の視点からも、健康で長生きしたいと願う普通の人間の感覚としても、非常に興味深いですね。

単純な疑問なのですが、残っている歯の数が少ないと認知症になりやすい、とよく聞きます。これは研究によって実証されているのですか?

【小野】そうです。歯がないことと、認知機能障害に関係がある、という研究結果があります。具体的には、愛知県の6自治体で、認知症の認定を受けていない65歳以上の健常者約4400人を対象に4年間の追跡調査が行われたんですね。

すると、残っている歯の数が多いと、認知症になりにくいということがわかった。反対に、歯がほとんどなく義歯も使用していない人は、認知症の発症リスクが高くなると示されました。年齢や治療疾患の有無や生活習慣といった他の要素にかかわらず、です。

ただし、興味深いことに、この研究では自分の歯がほとんどなくても、義歯を入れさえすれば、認知症の発症リスクは、歯が20本残っている人と同じ程度だったんです。

認知症の認定を受けていない65歳以上の住民4425人を対象とした4年間のコホート研究の結果、年齢、治療疾患の有無や生活習慣などにかかわらず、歯がほとんどなく義歯を使用していない人は認知症発症のリスクが高くなることが示された。

【茂木】80歳で20本の歯を残そうというスローガンがありますが、自分の歯を大切にすれば、食べ物をよく噛むことができ、認知機能にも有効であるということですね。

ちなみに、義歯といっても、差し歯や入れ歯、ブリッジ、インプラントなどがありますが、義歯の種類と脳との関係はいかがでしょうか。

【小野】それらを比べた研究はないですね。入れ歯やインプラントのほかに「自家移植」という方法もあって、それらの比較をした研究はまだないんです。だから、いつか手をつけたいと思っています。