歯を食いしばると、脳が反応する
【小野】そうですね。わからないことだらけですけれども、研究が日々進み、知識が日々更新されていて、最近わかってきたこともあるんですよ。
例えば、「歯を食いしばると力が出る」とよくいわれます。実際に、歯を食いしばると握力は上がることはわかっていたんです。そのうえで、近年発達した、ファンクショナルMRI(磁気共鳴機能画像法)という、脳の活動を見る方法で見ると、歯を食いしばると脳が反応して、その結果握力が上がったことがわかった。つまり、末梢だけで起きている現象ではなく、噛む行為が脳に影響を与え、それが身体能力に影響している。
【茂木】面白いなぁ。いま、パーソナリティ心理学の分野で、アンジェラ・ダックワース氏の提唱する「GRIT」つまり、やり抜く力という指標が注目されています。このGRIT、英語では「歯をグッと噛みしめる」という意味なんですよ。比喩ではなく、歯を食いしばるとパフォーマンスも上がるわけですね。
【小野】そうです。歯を食いしばると、頑張れる。例えば一流のスポーツ選手も歯を食いしばってパフォーマンスを上げる。例えば野球の打者もそうで、王貞治さんは、力を込めすぎたせいで、奥歯がすり減ってしまったといわれていますね。一方で、口を開けて声を出すほうが力が入ってパフォーマンスが上がる競技や、スポーツ選手もいる。テニスプレーヤーの大坂なおみさんは声を出すほうが力が出るんでしょうね。
【茂木】面白いですね。御茶ノ水の大学病院という土地柄、先生はそういったアスリートの方もよく診察、治療されてらっしゃるんですか?
【小野】はい。ただ、日頃診察する人はほんとうに老若男女問わず、さまざまな方々です。
歯のケアで、認知障害が好転
【茂木】先生は矯正科で診療をされていますが、どのようなことを患者さんに伝えるんですか。
【小野】矯正科に来られた大人の患者さんで、歯がない人には、自家移植を提案することがあります。もちろん、選択肢としてインプラントや入れ歯、ブリッジもありますし、それぞれにメリットとデメリットがある。きちんと説明したうえで、選んでいただくことになります。「100点満点の治療はありませんから、マイナスもきちんと知りましょう」と。
【茂木】そういってきちんと説明してくれる歯医者さんを見つけることが大事なんですね。
【小野】口の中の衛生状態が悪くなって歯がなくなると、噛めなくなって好き嫌いも出てきて、栄養状態も悪くなり、全身の状態も悪くなる。だから年齢にかかわらず、どこかで歯止めをかける必要はあると思います。
【茂木】まさしく「歯止め」なんですね(笑)。日本語はよくできているなぁ。なるほど、口腔の健康が、全身の健康の鍵なんですね。